維持することは、本当に「衰退」なのだろうか

維持することは、本当に「衰退」なのだろうか

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コラム
先日、知り合いの方のSNSを見ていたとき、こんな言葉が目に入った。

「毎日一歩でも進歩するべき。進歩していない維持しているという状態は、もはや衰退でしかない」

向上心のある、とても前向きな言葉だと思う。

実際、この考え方に励まされる人もたくさんいるだろう。

昨日より今日、今日より明日。
少しずつでも前に進もうという姿勢は素晴らしい。

けれど私は、その言葉を見たとき少し違和感を覚えた。

本当に維持することは衰退なのだろうか。

私はそうは思わない。

むしろ維持することこそ、とても大変で価値のあることだと思っている。

たとえば健康。

健康な人は、自分が健康であることを当たり前だと思いやすい。
しかし健康を維持するためには、睡眠をとり、食事に気を配り、適度に身体を動かし、ストレスとも付き合わなければならない。
何もしなくても健康が保たれるわけではない。

毎日の積み重ねがあって初めて「健康な状態」が維持されている。

人間関係もそうだ。

仲の良い友人関係や夫婦関係は、放っておけば永遠に続くわけではない。
連絡を取り、相手を思いやり、ときには譲り合う。
そうした小さな努力の積み重ねによって関係は維持されている。

維持とは、何もしていない状態ではない。

むしろ見えにくい努力が続いている状態なのだ。

私はうつ病についての発信をすることもあるが、精神的な不調を抱えた人にとっては特にそう感じる。

朝起きる。
ご飯を食べる。
お風呂に入る。
病院へ行く。
薬を飲む。

人によっては、それだけで精一杯の日もある。

昨日と同じ生活を送ることさえ難しい日がある。

そんな中で「現状維持しかできなかった」と落ち込む必要はないと思う。

むしろ昨日と同じ場所に立ち続けられたこと自体が、大きな努力の結果かもしれない。

山登りに例えるなら、強風の日に同じ場所に立ち続けることは決して簡単ではない。
風に流されそうになりながらも踏ん張り続けている。

それは前進ではないかもしれない。

しかし決して後退でもない。

その場を守り抜いたという立派な成果である。

私たちはつい、目に見える成長ばかりを評価してしまう。

資格を取った。
売上が伸びた。
フォロワーが増えた。
新しいことを始めた。

もちろんそれらは素晴らしい。

しかし目に見える成果だけが価値ではない。

去年と同じ仕事を丁寧に続けている人。
毎日家族のために食事を作っている人。
体調管理を続けている人。
心が折れそうになりながらも今日を生きている人。

そうした人たちもまた、見えない努力を積み重ねている。

維持とは静かな努力なのだ。

だから私は、「進歩していないなら衰退だ」という考え方には少し息苦しさを感じる。

人にはそれぞれのペースがある。

毎日走れる人もいれば、今日は歩くだけで精一杯の人もいる。
そして、立ち止まることで次の一歩を踏み出せる人もいる。

人生はいつも右肩上がりではない。
上がる時期もあれば、休む時期もある。
守る時期もある。

そのどれもが人生の大切な時間だと思う。

私は、現状維持を軽く見てはいけないと思う。

なぜなら維持にはエネルギーが必要だからだ。

水槽の水をきれいに保つにも手入れがいる。
庭を美しく保つにも手入れがいる。
心を保つにも手入れがいる。

放っておけば簡単に崩れてしまうものを、今日も大切に守っている。

それは決して停滞ではない。

立派な努力であり、価値ある行動である。

もし今、「何も成長できていない」と悩んでいる人がいるなら、少しだけ自分を振り返ってみてほしい。

本当に何もしていないだろうか。

今日を生きるために頑張ったことはなかっただろうか。

昨日と同じ自分でいるために続けていることはなかっただろうか。

維持は簡単ではない。

だからこそ尊い。

前に進むことだけが価値ではない。

今いる場所を守り続けることにも、確かな価値がある。

私はそう思うのである。




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