タロットでの占いとは、
「カードで事象をリフレーミングする」ことだ
というと難しく感じられるかも知れません。
この言葉の意味をもっと簡単に書いていきます。
「アッ、そういうことか!」
という気付きが得られると思います。
最近の私は色々と行き詰っていて、
うまくいかない事が多すぎ、空回りして
エネルギー自体が下がってしまっていました。
世界と繋がっていない。そう思い込んでいました。
ところが。
一昨日、相当行き詰った気持ちで引いたカードが、
円満そのものの組み合わせ。
なんだろう。これは?
まったく理解不能。
深く考えずに「まあ、そのうち良い方向へ行くのかな」
くらいに思っていたのですが、
翌朝、遠くにいる知人から心を込めた言葉が届いたのです。
私を大変に大切に思っていると。
ほっこりしながら、
「ああ、そういうことか」と気づきました。
つまり、私の見ているものは表面の、
目の届く範囲の現状だけだったのです。
角度を変えてみれば行き詰っているような現実も、
その奥にポジティブなものを秘めている。
見えないところで、
見えない場所で、
見ていない現実が存在している。
そこへ向かえばいいのだ。
日々の日常はうまく行かなくとも、
別の層では何かが満たされるのを待っている。
深く静かにつながっているものがある。
そこを見つめたとき、表層も違ってくるはず。
そうカードは示していたのですね。
これは先を予見するとか、
当たる・はずれるとか、
そういうこととはまた少し
意味合いが違うと考えるべきだと思います。
(先ほどの例を「心のこもった便りが来る」と予言的に捉えるのとは違うのがわかるでしょうか?)
そうではなく、現実を別の角度から見たときに、
自分の目では見ていなかったものが見える。
現実の地続きに未来はあり、
その未来を自分以外の視点でフラットに見通してくれる。
そういう役割を強くもっているのではないのか。
そしてそれには偶然の、
つまり作為でない力は非常に有効だといえます。
そういう意味では何のカードが出てもよいと
言ってもいいかも知れません。
78通りの視点で、78通りの切り口で、
現実を切り取ってくれる。
そういうツール。
目に見えることだけに固執していると
「外れている」と思ってしまう場合も
あるでしょう。
たとえば上記の例は、当たりはずれで言うと
全然今の状況を表してないと思いました。
よく「占いが外れた」って言ってる人、いますよね。
あの考え自体が、実は運命を好転させられない原因なのではないか
そう、感じました。
黒澤明の『羅生門』って映画、観たことありますか?
ある事件の目撃者の証言がすべてズレているという話です。
角度によって現実は違って見える。
そういう意味では一つの現実、一つの正解なんて存在しない。
そんな意味です。
私たちは、自分の見ているものが現実で、
それが正しいと思い込んでいます。
そこへ違う角度や違う解釈をぶつけることで、
ものごとはもっと立体的になり、自分の力では
見えなかったような道が示されるものなのです。
他者の力を借りる。
そこに偶然の力は効いてきます
(偶然とはまさに最大の他者=神のことだから)。
占いというと人は小ばかにするかも知れません。
こんな風に象徴的に物事を掴んでいくツールなのです。
これは科学とは別の体系です。
エビデンスでは示せないもの、
見通せないものを見ることができます。
本心がわからなくなっていた時なんかは、
わからなくしているのは自分自身であって、
そこにカードという他者がもっと客観的な視点を
与えてくれることで、自分を見つめられるようになる。
これこそ「天使の声」だと思います。
「スピや占いなんて非科学的なものは信じないよ」
というのは言わば「信じないという逆の信仰」
をして、物事を平面的にしかとらえられなくなっている。
そう思います。