占いは、どうなるかではなく、どうするかで観る

占いは、どうなるかではなく、どうするかで観る

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占いと聞くと「当たる」のか「当たらない」のかで一喜一憂する人がいる。

私の立場から申し上げるとナンセンスである。

占いは「当てる」ことの力比べをするものではなく、「これからどうするべきか」の未来への道筋をアドバイスするのが本義だと思うからだ。

算命学の天中殺、四柱推命の空亡、陰陽気学の暗剣殺(方位)は、「何もせずにやり過ごすべき」とか「この時期、この方角に向かってことを起こせば必ず失敗する」と短絡的にとらえるべきではなく、「ではどうするか」を導き出せなければ、占術の意味がないと思う。

私が大いに仕事をこなし、現在の作家というポジションを確立したのは、算命学の解く大運天中殺の時期だった。

25~45歳の大運天中殺に「運が味方をしないのだから、おとなしくやり過ごす」「何もしないのが良い」「動くな」という鑑定結果に従っていたら、現在の私は人生に何も確立してなかった。

逆境の時期にその逆流する勢いに、あえて乗るという選択をした。
「他人から依頼された仕事は、できないとは答えずに必ず引き受けて完遂させる」姿勢で臨んだのである。

もちろん犠牲も少なくなかった。30代での結婚は、これという理由も思い当たらないままに大運天中殺のまっただ中の40歳で破綻した。

「仕事ばかりしていて、私のことは考えてくれない」と言われた。
2晩徹夜の原稿書きの翌日に海外への取材に出向く私は、たしかに伴侶から愛想を尽かされても仕方なかったかなとは思う。

いっぽうで、そうまでしないと先の人生、先の生活が成り立たないのだという私の考えには同調は得られなかったのだなと反省もした。

30代でメニエール病でめまいに世界がぐるぐる回る症状を推して、ロフストランド杖をついて医療の取材に赴いた。医師からは「うちに入院するかい」と冗談交じりにあきれられた。

40代で椎間板ヘルニアの手術を受けた1週間後には車椅子に乗って飛行機で福岡に農業の取材に出かけた。

「気を緩めて休むと、大運天中殺の逆流に飲まれてしまう」
「逆流に流された先には、運勢の停止が待っている」

とどこかで思っていた。

45歳の大運天中殺明けには、生き方を変える必要があった。

他人からの依頼……ではなく、自分から率先して仕事を申し出る戦略に変える。正直なところ、これには失敗をした。

依頼に応えるスタイルを変えることが難しかった。

依頼は寄せられる。これに応えて原稿を書く。そのうちに紙媒体の不況が私を包み込んでしまった。そうして依頼そのものが寄せられなくなった。

ここで私は、私自身にアドバイスをする。

依頼は待たず、依頼は断り、みずから仕事を取りに行く。あるいは仕事を生み出すのがこれからの生き方になる……と。

紺屋の白袴、学者の不身持ち、易者の罰当たりとは身をもって痛感している。

「どうなるか」ではなく、「どうするか」のためにこそ占術は使うべきなのである。
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