何ヶ月か前、徳川慶喜家の「家仕舞い」をされた方のお話し会に参加した。
そこで語られた言葉の中で、もっとも心に残ったのが「ノブレス・オブリージュ」というフレーズだった。
私がこの言葉に初めて出会ったのは、白洲次郎の書籍の中だ。彼は「戦後の日本人が失ってしまったもの、それこそがノブレス・オブリージュなのだ」という文脈でこの言葉を使っていた。
ノブレス・オブリージュとは、一言で言えば「高い立場にある者が負うべき社会的責任」のことだ。
恵まれた環境や能力を持つ者は、自らの保身を捨てて社会に尽くす高い倫理観が求められる。かつての貴族が国を護るために身を挺したように、真のエリートとは己の特権に甘んじる者ではない。持てる力を独占せず他者へ差し出す無私の姿勢こそが、その存在に高潔さをもたらす。威張るためではなく誰かを守るために力を尽くす――それこそが、いつの時代も変わらぬ人間の誇りなのだ。
これはかつて日本の士族や皇族はもちろん、大地主などの領主、大企業の経営者たちの間にも確実に存在していた規範の意識である。
そうした「生まれながらに高貴な立場」に置かれた人々は、己の努力でその立場を得たわけではないと知っている。だからこそ「自分はこの責務を果たすために、この家に生まれてきたのだ」という使命感を抱いていた。
よく誤解されるが、京都の古い家柄の人々が自分の血脈を自慢することは基本的にない。家柄に誇りは持っていても、代々伝わる莫大な資産や歴史的遺物を「自分の所有物だ」と思っている人は極めて稀だ。
彼らはむしろ「先祖から預かり、次の世代へ管理・継承する役割」だと捉えている。たとえ決定権は自分にあっても、代々の資産は個人の所有欲とは別の、もっと公的な領域に存在しているのだ。
しかし、そうした境地に触れたことのない人々からすれば、歴史的遺物や先祖の寄進の話をさらりと聞かされただけで、「お高く止まっている」「マウントを取られた」と受け取ってしまう。そうした摩擦や誤解を何度も経験するうちに、由緒ある家系の子孫は自分の出自を隠すようになっていく。話したところで、本当の意味で理解されることはないからだ。
徳川慶喜家の子孫の方も同じだった。自分にとってはごく日常の会話として他の子どもたちに話すと、周りの空気が一変する。「その話はしない方がいい」と忠告してくる人さえいたという。「なぜ自分のありのままを語ってはいけないのだろう」と、幼心に葛藤があったそうだ。
京都の名士の家に生まれた友人たちも似たような悩みを抱えている。ステレオタイプなフィルターで見られ、集まってくるのは利権目的の人ばかり。彼らは身を守るために素性を隠し、常に周囲へ配慮しながら「安全牌」を取って生きざるを得ない。親の恩恵に対する周囲の嫉妬や「親の七光り」という視線の中で、「自分自身の自立心や自信をどこに見出せばいいのか」と迷う姿を、私は間近で見てきた。彼らは一族揃って聡明だからこそ、家の中での比較によって逆に「自分なんて…」と自信を失ってしまうこともあるのだ。
私自身、自分と本当に波長が合う人は決して多くないのだが、「なぜうまく噛み合わないのか」を突き詰めて考えると、やはりこの「ノブレス・オブリージュの有無」に行き着く。
お話し会に登壇された徳川の末裔の方は、冗談交じりにこう仰っていた。
「徳川の末裔と言っても、資産なんてありませんよ。墓の管理費だけで莫大なお金がかかりますし、武士の商法で商売をしても損ばかり。あるのは家名と墓だけです」
しかし、自分が「徳川の人間なのだ」と痛烈に自覚した瞬間こそが、このノブレス・オブリージュの思想に触れた時だったという。
要するに、私欲を超えて「公益」のために動くこと。将軍家という権力や華族の位を失った後も、「自分は常に領民や国に対する社会的責任を負っている」「自分の生き方が周囲に影響を与える」という感覚こそが、一族を自覚するもとだったのだ。
この話に私が強く共鳴したのは、私自身もとある藩の家臣の一族として育ったからだと思う。
私が「心から心が通う」と感じる人間は、例外なくこうした「ノブレス(高潔な規範意識)」を備えていた。そういう相手とならば、お互いの発展と社会のために真の協力関係を築くことができた。しかし、自らの個人の欲得や保身だけを目的とする人間とは、最初から話が噛み合わず、一方的にこちらの身やエネルギーを削削がれるだけの関係性に終わってしまうのだ。
だからこそ大人になった今は、人を見極める際、真っ先に「この人にノブレスの意識があるかどうか」を察知するようにしている。
本気で「公益」を考え、他者や社会のために動ける人間は決して多くない。そして、そうした行動を息を吸うように実践できる人は、ルーツを辿ると他とは異なる背景を持っていることが多い。やはり代々、そうした規範や美学を継承してきた血脈・一族の流れを汲んでいるのだ。
結局のところ、日本社会において時に「家柄や血族」が重視されてきた背景には、そうした層の人々が相手の本質や信頼性を見分ける際、この「規範意識の有無」を敏感に察知してきたからではないだろうか。それほどまでに、こうした意識を持つ人々は現代において稀有な存在なのだ。
士族とは何か、公に仕える者とは何か――かつてそこには、そうした高い規範が当然のものとして存在していたはずである。
戦後は、下剋上が起こり、昔なら卑しい人とされる人であっても手段を選ばずに、上に上がることができる社会になった。その結果、社会のモラルが変化していった。金や立場がなくなってもノブレスな意識を持ち続けた子孫は、上から目線の人として嫌厭されるようになった。多分日本中でそういう人がいるに違いない。徳川家の末裔の話を聞いて、私もそこで合点が言った。
私と先祖は、そういうところで繋がっていたんだ、と。
過去の日本は、一定数、本気で公のために生きた層がいた。
公務員とは本来そういう意識を持って生きる人々であるべきだ。
そして、税金泥棒扱いするのではなく、しっかり仕事をしている公人たちの価値をちゃんと見直す世の中であるべきだ。
徳川家に代表されるかつての指導者層は、単なる支配者ではなく、時代を経るにつれて「社会の平和と治安を守るためのインフラ」となっていった。商人、職人、農民であっても関係なく、同じように金に生存を脅かされない立場にいた人々は、自らを社会の公共財として捉え、行動の指標を形作ってきた。
ここ京都でいうならば、それは「旦那さん」という存在だ。
「旦那」という言葉は、仏教のサンスクリット語「dāna(ダーナ)」に由来する。ダーナとは「お布施」や「奉仕者」を意味する言葉だ。京都の文化や歴史的建造物は、損得勘定抜きで金銭的・立場的ご奉仕を行ってきた「旦那さん」たちによって守られてきた歴史がある。
ちなみに家庭で夫を「旦那さん」と呼ぶのも、元は「家計を支えてくれる寄付者・献金者」だからだ。算命学において、父親を意味する「禄存星(ろくそんせい)」が愛と財の奉仕を意味することとも一致する。家庭を顧みず経済的にもぶら下がる夫は、本来の「旦那さん(ダーナ)」の役割を果たしていないと言えるわけだ。(「家事や育児を手伝ってこそ夫だ!」という現代の妻たちの悲鳴は、一旦横に置いておくとして。)
翻って、現代の日本はどうだろうか。
高度経済成長期までの日本企業には、ノブレス・オブリージュの精神を持った経営者がまだ多く存在していた。しかし今、メディアを賑わす「金持ち」たちに、どれほどの気概があるだろう。自らの財を社会へ還元するどころか、タックスヘイブンで節税に走り、安い労働力を搾取することばかりに腐心してはいないだろうか。
以前、あるアメリカ人がこんなことを言っていた。
「単一民族に近い社会は、人々の善意を引き出しやすい。周囲が遠い親戚のようなものだから、社会への貢献が自分の幸せに直結するんだ。だが多様すぎる移民社会では『あいつは仲間じゃない』という意識が働き、個人の損にならないこと以外、誰も本気でやろうとしなくなる」
北欧の国でも、かつて「我々の祖先はバイキングで、皆ファミリーだった。だから持てる者が持たざる者に分け与えるのは当たり前だし、誇りだ」と語られていた。しかし、その国も過剰な移民受け入れによって社会の相互信頼が崩壊していった。
戦後の日本において、なぜか私たちは周りの人々を「関係のない他人に過ぎない」と捉えるようになってしまった。富裕層は貧しい人々に奉仕しなくなり、企業は社会的意義を捨てて単なる「収益マシーン」へと化けた。働く人間も安価な労働力という「数字」に還元され、戦前にあった温かい仲間意識はズタズタに引き裂かれてしまったのだ。皆が「自分個人の生き残り」だけを考える社会――それは本来、日本人が目指した生き方ではなかったはずだ。
徳川家をはじめとする先人たちが、試行錯誤を重ねながら領民の暮らしを考え、平和を維持しようとしてきたこと。武士や名士たちが私欲に走らず、社会的責任という規範(ノブレス・オブリージュ)を持ち続けてきたこと。それこそが、日本の高い治安と美しいモラルを支える土台であった。
過去の日本人が良識を持ち、それぞれの立場で「自らの欲得以上の判断」ができる分厚い層を形成していたからこそ、この国は豊かな文化と平和を享受できていたのだと、今あらためて痛感している。
日本の価値観に深く根を下ろしてきた仏教の世界観では、縁起と言って、一つの事象が単独で成立することはないとされる。目に見える世界と見えない世界の「原因と結果(因果)」が複雑に重なり合い、事象を起こす側の条件と起こされる側の条件が揃った時に初めて、一つの出来事が現象として立ち現れるのだ。(この思想は、東洋の算命学における世界観とも完全に軌を一にしている。)
この「相依相待」の摂理を、先人たちは「ご縁」や「因縁」といった言葉で表現してきた。そして今なお、歌舞伎や伝統芸能の物語に流れる精神的な底流として息づいている。
したがって、本来の日本社会において「社会問題」とは、自分とは無関係の他人事ではない。この世を構成するあらゆる存在が、巡り巡って共に作り出した問題である――という「一体感の意識」のもとで社会は動いてきたのだ。個々の人間は孤立した点ではなく、全体で一つの生命体であるという感覚が、かつての日本人には当たり前のように共有されていたのである。
もちろん、意識の成熟度には個人差があり、知らずに過ちを犯したり他者を傷つけたりする段階の人間もいただろう。しかし、日本の権力者や教養層の根本には、常にこうした「全体性(ユニティ)」の視点から生じるノブレス・オブリージュの規範が存在していた。
もしこのまま、社会が個に解体され、バラバラな個人主義が加速していけば、待っているのは「能力の高い者だけが生き残り、弱者を無慈悲に切り捨てる超・弱肉強食社会」である。
全体性の意識を持たず、相互の信頼関係を結べるかもわからない異文化の価値観を持つ異民族を受け入れ続ければどうなるか。すでに同胞意識すら希薄化し、土台の揺らいでいる現代日本において、それは社会の屋台骨を根底から揺さぶり、日本という国体そのものを解体へ導くことになりかねない。
もう一度、日本とは何か、ということを、損得超えて再定義できる人たちが一定数いれば、もしかすればまだ間に合うかもしれない。
本当に尊いものは何だったのかを思い出せ、日本。
私はそういう聖なる価値観を大事にしていた時代の、本当の日本の心が戻ることを切に祈っている。