宿命は設計図

宿命は設計図

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占い
時折、「自分にとって算命学とは一体何なのだろう」と深く振り返ることがある。

思い返せば昔、算命学を「占い」の域で扱っている知り合いたちから、「算命学をそんなに信じすぎちゃダメだよ。」と言われて心底驚いた経験がある。
 自分も信じないものを人にアドバイスして、お金をとっていることへの罪悪感はないのか?と驚いたのもそうだが、世の中に流布する占いレベルで満足している人たちには、なぜ自分がこれほどまでに算命学を人生の指標として捉えているのかはやっぱり理解できないのかもしれない。
 しかし、私が向き合い、学びを深めて実学の域へと昇華させた算命学的なものはその占いレベルの算命学と内容的に同じものではない。
 そしてそこから伝えられることは、信じる信じないの占いレベルにとどまっている人たちには決して見えない、視点の全く異なる世界を提示してくれている。
 大げさではなく真面目な話、今の私の目には、生きているすべての人間が「人智を超えた何かが創り上げた、決してコピーの叶わない唯一無二の芸術品」として映っているのだ。

 私にとって人との出会い――「一期一会」とは、ただの偶然ではなく「気のコラボレーション」に他ならない。それぞれの持つ気が交わり、その瞬間だけの特別な循環が生まれる。

 この世に存在する一人一人の人間が、無意識的に自動的に発生した感情や志向、オリジナルで作り出したと思っている価値観は、実はオリジナルではない。すでに型の中で反応した自分の思考パターンの中にある反応性の連続である。そして、その反応性を繰り返すことで、10年も経つと人は徐々に自分の宿命の意識で作り上げた箱に馴染み、その箱の中に入ったまま抜け出せなくなっていく。そしてその意識が引き寄せた、意図の結果である体験によって、自分の価値観や志向を強化させていく。
 世界観を強化されすぎた人間は、あなたはプログラミングされたパターンの中で動いているんですよ、ということを告げられても、意味がわからないだろう。逆に、そういう仕組みを意図的に利用して、自分のマインドを強化して、物事を成していく力にする人もいる。
 私はそういう世界をインドの聖者から教わった。

 普通、この世の99.99%の人間は、自分から見えている世界と、他人から見えている世界が全く違うかもしれない可能性など疑いもしないだろう。
 ましてやそれを検討してみたこともなく、平均して(日本では)80年近く生きて、そのまま人は自分の箱「思い込みの世界」の中で人生を全うし、魂は輪廻の中で、一つの生の体験を通過しおわるのだ。

 人は、どの人もこれを延々と繰り返している。そこに目をとめたのが、2500年前に釈迦族の王子として生まれた、お釈迦さまこと、ゴータマ・シッタールタである。そして、釈迦は考えた。

これって、いつまで続けるの?どこまで行っても無限にこの繰り返しなの?なるべく、苦しまないで、その先に行くにはどうしたらいいんだろう?
そして、釈迦は王子の位を捨てて、色々と知恵者のやり方を試しながら、この世の仕組みを延々と考えることになる。

 ちなみにこれは私オリジナルの考えではなく、もともと遊牧文化の密教世界にあったものだ。

 人の意識とは?この世とは?こういう視点なしに、算命学はけして解釈できるものではない。天意が何を伝えようとしているのか、ということを通訳するのがプロファイラーであり、実学算命学の鑑定士の本質的な仕事の意味だ。

 依頼されて、相手の「宿命」という人生の設計図を紐解いて伝えることもある。しかし、どれほど精巧な設計図を手渡したところで、それを形にするかどうかは本人次第だ。まるで優秀な設計図を持ちながら、その通りに家を建てようとしない大工のように、手渡された設計図を活用しない人は少なくない。

 結局のところ、多くの人は興味本位で自分の宿命を聞くだけで、それを実践に移す人はごくわずかだ。大半の人は、宿命を昇華した状態を聞いて「おお!」と熱狂していっとき、そう思ったとしても、その壁が厚いと感じ、理由をつけて再び日々の煩悩や目先の感情に流されていく。

 だが、私はそれを愚かだとは思わない。その「流されてしまう姿」こそがその人の人間らしい味であり、その人が今存在している意識の次元そのものなのだから。そしてそれを選べるのが、それぞれ個々の魂たちが、自由意志が通せて、自由選択して結果を試してみることができる、この地球という環境のありがたさなのだと思う。そこに私が関与する必要もない。

こうした思索や算命学の真髄について、もっと深く書き残したい気持ちはある。最近、四度は原稿を書いた。でも結局、ここから先はあまりにも奥が深く、軽々しく言葉にしてネット上にアップすることはできないな、と思い返し、公開せずに眠っている。これは叡智であって、「情報コンテンツ」ではないので、マーケットでも商品化して販売もできない感覚もある。
 ただ一人、静かにこの世界の観察者として向き合い続けることこそが、今の私にふさわしい距離感なのだと思う。

ところが最近、これまで思ったこともなかった初めての感情を味わった。
それはとある小学生との出会いだった。

その男の子と出会ったのは、学校の教室でのことだ。同世代の子どもたちの中にいながら、彼は群を抜いて本質的な質問を投げかけ、物事の構造を即座に理解する卓越した地頭の良さを持っていた。子どもでありながらどこか成熟しており、常に周囲の状況や人の心の動きがよく見えている子だった。
 彼の方もまた、私の放つ気に何かを感じ取ったのだろう。いつしか私の家に遊びにやって来るようになった。

 日頃から我が家を訪れる小学生たちには、少しでも良い影響を与えたいと願っている。彼らが自分自身のアイデンティティの本質に気づき、それにふさわしい進路を選べる手助けができればと、私なりにそれとなく宿命に沿った環境を整えてあげるという「陰徳」を積んできた。

気になってその男の子の宿命を開いてみると、そこには見事な星の配置が広がっていた。日干・丁酉。主星に牽牛星、頭には玉堂星を戴き、天禄星をはじめとする他の星々も調和し、まさに「優れた実務者」そのものの宿命を持っていたのだ。どうりで。w
 さらに辰巳天誅殺でもある彼は、物質的な利益や現実の構造を見抜く鋭い目も併せ持っていた。そのため単なる べき論や、ふわふわした理想論に走ることは決してない。温かい心を持ちながら、ドライな目も同時に持つ辰巳天誅殺。黙って人の話を聞きながらも、鳳閣星を持ち、自分の思考を言語化して巧みに相手に伝える、言語知能の高さも伺えた。
 総合的にいうと、年齢以上の判断力を持ち、常に先の先を読んで素早く行動を起こすこともする、極めて現実的で頭の切れる動きを作る子供だった。

しかし、何よりも私の心を強く動かしたのは、そうした頭脳の明晰さ以上に、彼が根っからの「善意の人」だったことだ。障害がある仲間や病気に苦しむ子供など、そういった立場に置かれた誰かのために純粋に手を差し伸べようとする温かい思いを持ち、その目的のためなら弱い立場の人たちに対して、惜しみなく耐え忍ぶことのできる精神的な強さがあった。

「この子に、私が培ってきた技術と知見のすべてを引き継がせたい」
不意に、そんな思いが胸の奥から湧き上がってきた。自分の子どもに対してさえ一度も抱いたことのなかった感情だ。

 これまで私が深く洞察し、積み重ねてきたこの膨大な知識の世界。もし自分が去ったあと、それが再びこの世から消えて失われてしまうくらいなら、すべてをこの子の中に残したい――生まれて初めて、本気でそう思わされたのだった。

 AIが高度化していく時代にあっては、これからの鑑定士は、もしかすると、本当の意味で、軍師に進化しなくてはならない。膨大なデータを集め尽くした先に、AIは占いの鑑定結果などいくらでも無料でアウトプットするだろう。
 アドバイスだけを語る人でなく、それを実現するために動ける実践的フットワークを持ち、人の心の仕組みを知りつくし、依頼人の意識を変え、ポテンシャルを活かすまでのことができる人。そういう人に価値が出る。

 また、彼の宿命には強い霊感をもたらす干支も組み合わさっていた。
気になって尋ねてみると、やはり彼には日常的に多様な「人ならざるもの」が見えているのだという。人の悩みや運命というのは、決してその人個人の意識世界だけで作られているわけではない。家系を構成する一人ひとりの生き方や業が複雑に絡み合った「総合力」として現れるものだ。また、意識が構成する世界や念の世界もある。そうした背景に最初から感覚として気がつける感性を持っていることは、実学として人間を分析していく上で極めて大きな強みとなる。

ただし、彼がこの道を歩む上で、ひとつだけ不確実な要素が残されていた。それは、他者と自分を同等に大切に思える「同胞愛」のようなものを、自分の中にこのままずっと育んでいけるかという彼自身の人格の問題だ。

彼はまだ小学生であり、人生における体験の絶対数が圧倒的に足りない。同年代の子どもたちとの交流の中で生まれる葛藤や困難程度であれば、その聡明さで見通しもつくだろう。しかしこの先、成長するにつれて、さまざまな環境に置かれた大人たちの複雑な思惑や欲望に晒されることになる。その中で彼が牽牛星として、誇り高く人格を保ち続けられるかどうかは、彼自身が何を思い、何に囚われ、何に執着していくのかという、彼の自由選択に委ねられているのだ。

特に、主星に牽牛星を持つ子どもにとって、置かれる環境の質は極めて重要である。さらに彼の宿命において「石門星」がキーポイントに来ているということは、どんな人間に囲まれて生きるかが、彼の人生全体の質を決定づけることを意味している。今後、彼がどれだけ優れた人格者や実力者たちとつながる人脈を築いていけるか――すべてはそこに懸かっているのだ。

 そして、彼の家系の一族は、真っ当に生きようとしてきた構成員ばかりだったのだろう。彼の天干には第一守護神がまわっていた。そして、彼は結婚した後、第二守護神も手に入れることになる。
 昨年まで、彼は目上中殺で、実際に母親や女性教師から散々搾られるトラブルに巻き込まれ続けていたことをひとづてに知っているのだが、同時に天誅殺であっても、守護神はその救いの道を模索していて、それが開けた時点で、私とのご縁を運んできたのかもしれない。

私に、そんな個人的なことがあった後、偶然、1998年のOVA版「ガラスの仮面」のアニメ動画をYoutubeで見つけた。ガラスの仮面はさまざまなバージョンが出ているが、私はこの脚本が一番素晴らしいと思っている。

 第一話では、お芝居の世界が三度の飯よりも好きな、ドジで間抜けでノロマのカメ(そこまでは言ってないか。)の北島マヤは、貧しい母子家庭で育ち、中学生ながらラーメン屋で働き、家計を助けている。

 そこへ、「変なおばさん」がやってくる。その人は、マヤがさっきまで見ていた映画のセリフを、自然と誦じているのを通りすがりに見かけ、強い衝撃を受ける。そして、「ついに見つけたわ!」とマヤにつかみかかるのだ。
 その人こそ稀代の名女優・月影先生である。
 月影先生は、名作とされた作品の権利をめぐって、大手の興行会社と揉めていた。この作品には亡き恋人への思い入れがあった。そして、自分が女優ができなくなった理由である事故を孕んだものだったため、誰でもが自分の役を演じていいわけではなかった。

本物の芸術作品として、残していきたい。
この作品が、商業に消費され、浅くて薄っぺらいものになっていくことを想像するだけで耐え難い。

月影先生には芸術家として、そういう執着があった。
そして先生は、自分の跡を継がせる女優を自分で育てる!と群がる欲深い実業家たちに、通告したのだ。
 欲に塗れたこの世界に作品を汚されてはたまらない。先生の決意は堅かった。そして命の時間が限られている先生に、もう猶予はない。そこへ現れたのが、北島マヤ。磨かれていない、女優の原石。
というのが、あらすじだ。

多分、私の世代なら、知らない人はいないんじゃないかって思ってるくらい有名な作品のこの『ガラスの仮面』(美内すずえ著)は、1976年に『花とゆめ』(白泉社)で連載が開始されて、なんと今年(2026年)で、連載開始から50年目である。
作者は現在75歳!生きているうちに、作品を完結させたいと言っているらしいけど、「これ、未完で終わったら本当に悲しい!!!」と心から思わせてくれるワクワクさせてくれた、素敵な漫画だ。

で、私は、この動画を見てて、思った。つい、想像(※妄想)に浸った。
今、自分の気持ちって、月影先生に非常に近い心境なんじゃないかって。
月影先生の気持ちがこの年齢になってやっとわかった気がする。
思わず、目が白目になってしまうあの気持ち。
私とて、生きてもせいぜい20年。そもそもそんなに体が強くない。もうおまけの人生に入っているという自覚がある。
 算命学は数年で覚えられるものでもなく、実際には多くの実例をこなしていかねばならない。多次元的に物事を解釈する幅の広さと経験値がいる。
すでに、いろいろな先入観と煩悩がついた大人に教えたら、そうなる。
言ってみれば、算命学を使いこなすには、その人の生き方や視座の高さが影響する。

 別に、例の小学生に算命学の鑑定士になってもらおうと思っているわけではない。
仮に鑑定士にならなかったとしても、世の中のために動く「将軍の片腕」のような存在となり、その技術を活かしていけば、予測のつかない未来に対しても彼の強みは十二分に発揮できるはずだ。
私自身が「一代運」であることを鑑みても、これまで深く研究してきた土台をそのまま丸ごと誰かに引き継がせることは難しいかもしれない。しかし、自分の欲望を果たすためではなく、この弱肉強食で強欲な世の中で、純粋に社会に貢献しようとする人のために使ってくれるのであれば――「彼になら、この技術を教えてもいいかもしれない」と、ふと胸をよぎったのだ。

大手の大衆向け算命学学校は、膨大な労力がかかる「鑑定者の人間性を育てる」という道を捨て、技術を引き延ばして切り売りし、受講生をできるだけ長く通わせて資金に変える道を選んだ。その結果、「金を払っているのだから教えろ」という一部の生徒たちが排出され、彼らが占い業界で人々を惑わし、不安を煽っては顧客を己の金づるにしていくような惨状が生まれてしまった。

だが、私は「騙される側(占いを信じた側)が悪い」とは思わない。世の中には、誰にも相談できない切実な悩みを抱え、真剣に悩み抜いている人たちがごく普通に存在する。そして、行き着いた最後の頼みの綱としてやってきた相談者に対し、鑑定士が誠実に応えられずお金を騙し取ったとしたら――その結果、追い詰められた人は自ら死を選んでしまうかもしれないのだ。
「たかが占いに、なんでそこまで熱意を込めているの!」と笑った仲間もいたが、かつての私は、実際にそうした人生の瀬戸際に立たされた相談者たちと何度も向き合ってきた。

命や人生の瀬戸際に立たされるかもしれない責任の重さを理解できない人間に、この技術を渡すわけにはいかない。頑固なまでの倫理観を持った人間にしか、算命学の真髄は引き継がせるべきではない――私は内心、強くそう思っている。

だからこそ、今後どう活かしていくかは彼次第だとしても、彼が元々備えている思考力を伸ばし、コンサルタントに近い領域で自らの宿命を発揮できるよう、最近の私は彼を我が家の子供たちと一緒にあちこちへ連れ出している。

これからの時代、企業のコンサルティング像も大きく変わっていくだろう。従来のように分業化された数値管理やMBA的な分析は、やがてAIがすべて取って代わる。過去の膨大な事例から最適な解決策を提示することなど、AIの最も得意とするところだからだ。そして、人間によるコンサルタントの需要は大きな組織ではなく、せいぜい2〜3人規模の個人事業主や小さな起業家へとシフトしていくはずだ。AIに仕事を代替された世界では、自ら起業を目指す人が増え、小規模専門のコンサルタントが手頃な対価でその挑戦を支える世界がやってくる。

そうした新しい時代のコンサルタントにとって真に重要になるのは、「いざという時に動かせる人脈や信頼関係がリアルな世界にどれだけあるか」、そして「観察を通じて本質を見抜く洞察力」「経験の幅広さ」「見識と圧倒的な体験量」だけだ。

将来彼が成長し、「自分はそういう道に向いているのかもしれない」と自身の特性に気づいた時、すでに必要な素地が自分の中に育まれていたことに気づけるように――私は今、それとなく彼を弟子(のような立場)として側に置いている。もっとも、彼自身は単に「親しい家に遊びに来ている」くらいの感覚だろう。

親御さんからすれば、なぜ自分の子供にそこまで良くしてくれるのか不可解かもしれない。一応、彼には「別に娘の婿を探しているから親切にしているわけじゃないからね」と冗談めかして伝えたら、彼は爆笑していた。

 先日はなぜ我が家の子供たちが、生まれてこの方マクドナルドを食べたことがないのか、という質問を受けた。

「そうか、君は外食をするときマクドに行くんだね。うちは時間を潰すために飲み物を買うときくらいしか行かないんだよ。別にマクドに行くのは構わないけれど、『行かない選択をする人』の理由を知っておくことも、人生には役立つと思うよ」

そんな話をしながら、小学生の彼を、マクドナルドではなく、本格的な牛肉とバンズで丁寧に作り上げられたハンバーガーショップへ連れて行った。せいぜい数百円のマクドナルドに対し、そこは二千円近くする。

そして彼に、何を感じ、何が違うと思うか問いかけた。

味の幅が違うこと。
香りが違うこと。
使われている素材や、その仕入れ先が違うこと。
利用する客層や、店の規模感。
肉の厚み、野菜の味、使われている油の違い。

対話のテーマは、単なる味覚にとどまらず多岐にわたった。

海外における「ジャンクフード」という視点。
「食が人を作る」というフランスの価値観。
アメリカ社会のように、言葉にはせずとも食で生活レベルが測られる世界があること。
「食」という芸術に挑戦し続ける京都の料理人たちの世界。
人は一体、食べ物の何に対して本質的にお金を払っているのか――味なのか、成分なのか。

小学生の彼は、私という存在を通して、自分が生まれた世界にはなかった新しい価値観に触れることになる。普通の小学生であれば難解で理解できない話かもしれない。しかし、彼は違った。

彼には「玉堂星」があるため、目上から本質的な知恵を受け取る素直な posture(姿勢)があり、情報の処理能力も極めて高い。先日連れて行った高度な絵画展でも、初めて見るにもかかわらず目の付け所と解釈が見事だった。ちなみに彼は代々の京都人である。頭が良くないと京都に住み続けられないのかは分からないが、この街には時折、こうした優れた子供がポツポツと存在する。我が家の娘たちと取り替えてもらえないかと、一瞬本気で思ってしまったほどだ。

誰と出会い、誰から知恵を受け継ぐのか。子供の頃から、選択の結果はついて回る。

実はこの対話は、私が思春期を迎えた頃、懇意にしてくださっていた経営者のおじさんたちにしていただいた「社会勉強」と同じ類の体験だ。公務員の家庭で育ち、自由に興味や遊びにお金を使うゆとりのなかった私に、大人たちがしてくれた陰徳だったのだろう。

若い頃の私は本当に良い方々に可愛がっていただいた。そして今、自分がそれをする側になって初めて、当時の大人たちの思いを追体験している。かつての日本社会には、自分さえ良ければという強欲な富裕層だけでなく、そのような粋な経営者たちがたくさん存在していた。そして彼らの後継者には、そうした「判断力」を鍛える家庭教育がなされていたのだ。

我が家は娘ばかりで男の後継はおらず、自分自身で授かるには高齢すぎて体力も気力も追いつかなかった。しかし、息子がいる家庭にはこういう楽しみがあるのかと、今彼を通して疑似体験させてもらっている。

私の宿命は、実は「人を育てること」に長けている。しかしそれは、育てるのが上手いというよりは、「育てたら伸びる人を見抜く目を持っている」という意味なのだろうと、今では納得している。娘たちに対してももちろん同じスタンスだが、子供は社会からの預かりものだ。だからこそ、自分の思い描くゴールに届かなかったとしても、そこに葛藤しない自分でいたいと思う。

あくまでサポーターとして、本人が動き出したことを追いに追い、応援する立場でありたい。それは自分の子であっても、他人の子であっても変わりはない。効率性で言えば、宿命の図面に沿って最短で動く方が良いに決まっている。しかし、時間がかかってそこに辿り着いたからといって、それが無駄だったとは言い切れない。その回り道こそが、その人にとって必要なプロセスであることも多いからだ。

人は誰しも、最初は親の「箱」の中に閉じ込められて育つ。親の世界観の中で生きさせられ、それが最初の意識の土台となる。そしてその箱を突き破るには、血のつながらない他者の持つ「異なる箱の世界」を味わわせてもらうことがどうしても不可欠なのだ。

西洋ではそれを伝統的に知っているため、実の親とは別に、生まれながらに血のつながらない親――「ゴッドマザー」や「ゴッドファザー」という存在を置く習慣がある。親との相性が悪かったときや愛を受けられないような事態に備え、人生を導く存在としてあらかじめ用意されているのだという。

今の日本の子供たちには、そうした存在がいない。親が忙しければ忙しいほど一緒に過ごす時間は減り、誰からも見守られることなく孤独に育っていく。日本の政治はこの弊害に目を向けようとしないが、孤独な子供はやがて大きくなり、社会で悲しい歪みを起こす。子供は社会全体から十分に愛されなければ、健全に育つことはできないのだ。

もし私がこれからいよいよ老いて引退し、僧侶になったとしたら、死ぬ間際まで地元の子供たち――大人に声の届かない子供たちの「声なき声」を代弁する力になってやりたい。そして、日本人が日本をずっと好きでいられる理由を、この京都の地に残し続けていきたいと心から願っている。


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