誰にも遊ばれなくてもゲームを作りたいですか?
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私のXの過去ポストを元にブログへ書き起こしてます
ゲームを作りたい、という純粋な気持ちについて考えることがあります。
今はPCさえあれば、どこにいてもゲームを作れる時代です。
立派な開発環境がなくてもいい。
すぐ隣に優秀な仲間がいなくてもいい。
何十人、何百人で作る大作でなくてもいい。
極端に言えば、世界の端で一人だったとしても、ゲームは作れます。
では、ひとつだけ条件を変えてみます。
そのゲームを、誰も遊んでくれなかったとしても。
それでもゲームを作りたいでしょうか。
この話をXに書いたとき、いくつか興味深い反応をいただきました。
「自分が作ったゲームを誰かが楽しんでくれることが、ゲームを作る理由になる」
これはとてもよく分かります。
自分が考えたものや自分が作ったものを会ったこともない”誰かが”
遊んでくれる。
ゲーム制作にはそんな不思議な喜びがあります。
一方で、
「想像していたものが形になって、実際に動くこと自体が楽しい」
という意見もありました。
私はそうやって純粋にものづくりそのものを楽しめるクリエイターをとても尊敬しています。
ゲームを作る理由は人によって違います。
誰かに遊んでほしい。
評価されたい。
仕事にしたい。
お金を稼ぎたい。
自分が遊びたいものが存在しないから作る。
ただ頭の中にあるものを形にしたい。
どれが正しいという話ではないと思っています。
実際、私は過去に開発したけれど世に出なかったタイトルにも関わってきました。
だから「作った」という事実だけでは満たされない感覚も知っています。
それでもゲームを作る。
その原動力になるものは何なのか。
技術でも、企画書でも、開発環境でもなく、最後に残るのは案外
「自分は、これを作りたい」
という拘りや信念なのかもしれません。
ゲームを作りたいと思っている人に少し聞いてみたいです。
もし誰にも遊ばれないとしても、あなたはゲームを作りたいですか?