私のXの過去ポストを元にブログへ書き起こしてます
ゲームシステムについて考える
ゲーム開発を行っていると
「このアイデアをゲームシステムに落とし込みたい」
という話になることがあります。
・プレイヤーがピンチになると覚醒する
・時間が過ぎると強敵が現れて襲われる
・特定の武器でしか突破できない構造がある
どれもよくあるシステムなのでこれらのアイデアは実現できそうです。
ただ私は違う視点も持っておきたいです。
そのアイデアをゲームシステムに組み込んだ時、違和感なく遊べるか
という視点です。
たとえばそのゲームではナイフという武器があるとします。
それとは別に大斧という武器もあるとしましょう。
そして”絡まったツタ”というギミックを用意した時
「”絡まったツタ”はナイフであれば切ることができる!」
と説明され、実際にナイフで切ることができたが
大斧で攻撃しても反応がなかった。
プレイヤーからしてみたら
「なぜ大斧だと切れないのか」
と疑問に思うかもしれません。
そしてここで重要なのはその区別を
「現実世界に当てはめてみたとき正しそうかどうか」
で判断するという話ではないということです。
現実との違いを大切に扱う
ゲームの世界の中で起こる結果をプレイヤーが違和感なく理解できる事。
私はこれもいわゆるナラティブに繋がると考えています。
※Narrative論については諸説あり、ここでは断定しません
現実世界とゲーム世界で物理法則や自然現象に相違があったとしても
おかしくありません。なんせゲーム世界ですから。
そしてその違いを楽しむこともゲーム体験の魅力の1つです。
ただ、それと「プレイヤーが違和感なく理解できる事」とは別です。
ゲーム世界において何の説明も根拠もないまま不思議な事が起きたら
「そういう世界なんだ」と受け取るプレイヤーもいれば
「え、なんでそうなるの?」と疑問に持つプレイヤーもいるでしょう。
もしかしたら、その時点で没入感が途絶えてしまうかもしれません。
ナラティブにとって大事な要素を取りこぼしてしまう可能性があります。
念のため、ここで言及しているのはいかにも不思議な事を起こしそうな
魔法使いキャラが大岩を浮かせた、というような事ではありません。
この例だとプレイヤーが共通のコンテキストを持っている事を
期待できるから問題にはなりにくいです。
ここでは、ごく普通の農民が突然大岩を浮かせてみせた時の事を想像してみてほしいです。
かなりの違和感がありそうです。
どれだけ主要キャラが重要な話をしてもそっちに気を取られてしまいます。
かなり大げさな例でしたが論点は同じです。
ナイフと大斧の話に戻る
”絡まったツタ”に1つだけ設定を加えてみます。
「再生能力がものすごい」というものです。
これで問題はおおよそ解決します。
つまりナイフで切れるのは何度も素早く振れるからで
大斧だと切れないのではなく「振るのが遅いためその間に再生されてしまう」
という理屈です。
これは”絡まったツタ”の変わった性質の示唆を
事前に行っているかどうかでプレイヤーの納得度合いが変わります。
またこの問題は開発の後段になればなるほど発生しやすいです。
アイデアベースで追加実装したものが
得体のしれない違和感を生み出すことがあります。
だからゲームシステムを考えるとき、私は成功例だけではなく、
「失敗した時にプレイヤーはどう受け取るだろう」
ということを考えます。
ゲームは少しくらい理不尽なことがあってもいいと思っています。
それがゲームの味になることもあります。
ただ「なぜそうなったのか」
をプレイヤーが理解できない状態が続くと
ゲームそのものへの信頼が少しずつ崩れていきます。
もちろん、すべてを事前説明する必要はありません。
ただ今回のツタのようなものは大斧で切った時「シュルシュルシュル」っと瞬時に再生する様を見せておくなど失敗した理由を示唆してあげると親切です。
まとめ
プレイヤー自身が試しながらルールを発見するゲームもあります。
その場合でも試した結果、分かりやすい失敗演出が起きて
ゲームのルールを推論できる。
これが大切だと思っています。
「こうしたら、こうなった」
「じゃあ次はこうしてみよう」
その積み重ねがゲームになります。
ゲームシステムには、唯一の正解があるわけではありません。
目的から手段へ、手段から目的へと様々にうつりゆく中で
プレイヤーが結果を自然に受け入れて
「なるほど。じゃあ次はこうしてみよう」
と思えて試せること。
私はそれも大切なんじゃないかと思っています。