自分の幸せを願うのは、欲深いことなのでしょうか?

自分の幸せを願うのは、欲深いことなのでしょうか?

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「自分のために祈願をお願いするのは、欲深いことでしょうか?」

このように思われる方がいらっしゃいます。

家族の健康を願う。

子どもの幸せを願う。

大切な人の無事を願う。

誰かのためであれば素直に祈れるのに、

自分のことになると、

「こんなことをお願いしていいのかな」

と遠慮してしまう。

特に、

「もっとお金に余裕がほしい」

「仕事で成功したい」

「良いご縁に恵まれたい」

「もっと幸せになりたい」

という願いになると、

「欲を持つのは良くないのではないか」

と思われる方もいるかもしれません。

確かに仏教では、

欲に振り回されることを戒めます。

しかし、

願いを持つことそのものが、
すべて悪いわけではありません。

大切なのは、

その願いによって、

自分や周りの人がどのようになっていくのか、

ということではないでしょうか。

たとえば、

「もっと収入を増やしたい」

という願いがあったとします。

ただ自分だけが贅沢をしたいという思いと、

生活を安定させたい。

家族を安心させたい。

お世話になった人に恩返しをしたい。

困っている人を助けられる自分になりたい。

という願いでは、

同じ「お金がほしい」という言葉でも、

その奥にある心は違います。

「仕事で成功したい」

という願いも同じです。

人より偉くなりたいというだけではなく、

自分の力を誰かの役に立てたい。

家族を守りたい。

自分に与えられた仕事を精一杯やり遂げたい。

そのような思いもあるでしょう。

「良いご縁に恵まれたい」

という願いも、

誰かを自分の思い通りにしたいのではなく、

お互いを大切にしながら、
支え合える人と出会いたい。

そう願うことは、
決して恥ずかしいことではありません。

そして私は、

自分自身の幸せを願うことも大切だと思っています。

自分の心に余裕がなければ、

誰かに優しくすることが難しくなる時があります。

自分が疲れ切っていれば、

大切な人を支える力も弱くなってしまいます。

だからこそ、

「自分も幸せでありたい」

と願ってよいのです。

ただし、

祈願をした後に、

少し考えてみていただきたいことがあります。

「この願いが叶ったら、自分は何をしたいのだろう」

ということです。

お金に余裕ができたら、

誰を笑顔にしたいのか。

仕事がうまくいったら、

その力を何に使いたいのか。

健康になったら、

何をして生きていきたいのか。

良いご縁に恵まれたら、

その人をどのように大切にしたいのか。

願いの先にあるものを考えてみると、

自分が本当に求めているものが見えてくることがあります。

私はいつも、

祈る。

感謝する。

そして、一歩動く。

この三つを大切にしています。

金運を願ったなら、

今日のお金の使い方を一つ見直す。

仕事運を願ったなら、

目の前の仕事を一つ丁寧に行う。

良縁を願ったなら、

今いただいているご縁を大切にする。

健康を願ったなら、

今日、自分の身体を少しいたわる。

祈願とは、

ただ願いを叶えてもらうためだけのものではありません。

自分の願いを仏様の御前で見つめ、

「これから私はどう生きていきたいのか」

を考える機会でもあると思っています。

ですから、

自分のために祈ってもよいのです。

幸せになりたいと願ってもよいのです。

そして、

自分がいただいた幸せを、

いつか誰かの幸せにもつなげていく。

そのような願いであれば、

とても尊い祈りになるのではないでしょうか。

もし今、

「こんな願いをお願いしてもいいのかな」

と迷っておられるのでしたら、

どうぞ一人で悩まず、ご相談ください。

願いを上手にまとめる必要はありません。

今のお気持ちを、
話せる範囲でお聞かせいただければ大丈夫です。

皆様の願いが良き方向へ開かれ、

その幸せが、

ご家族や周りの方々の幸せにもつながっていきますよう、

心よりお祈り申し上げます。



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合掌
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