ここではないどこかなんてない

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どうも、羽矢ひと美と申します。

いつもブログを読んで頂いて、ありがとうございます。
そして、お気に入り&フォローして下さって感謝いたします。


さて、前回は、幼少期から思春期までお話しいたしました。
内向的で人見知り、あがり症で劣等感の塊だった幼い私は、大人が怖くて仲良くなった小さな世界でしか自分を表現する事ができませんでした。

それから試行錯誤を繰り返し、人間観察から他人の良いところを自分に取り入れるスタイルを確立し、どんどん自分をカスタマイズしていきました。


思春期
自分より長く生きている大人の弱さやだらしなさ、醜さ、ずるさを知って、思春期の私は大人への概念が「怖い」から「嫌悪感」に変わりました。
特に両親や家族に対しての嫌悪感は半端なかった気がします。
毎日ケンカする両親、ギスギスしている家族、子供を擁護できない親や大人に不信感・嫌悪感ばかりを感じていました。

今思えば、母の統合失調症がひどくなり始めたのもあったと思いますが、とにかく母は、祖父や祖父の妹、父に対して敵対心を強く抱いていました。
いつも父の悪口、祖父の悪口を子供達に延々と話しました。
父は無口でいつもムスッと不機嫌な顔をし、思えば祖父の笑顔を覚えていません。

母は私が幼少期の頃、子供達を連れて家を出ました。
母子で生活していたのを覚えています。
どこぞの宗教に連れて行かれて意味のわからないお経を唱えていた事もありました。
私が中学から高校になった頃に、父が隠居部屋と言って離れを建て、そこに父と祖父と祖父の妹の3人が移りました。
母屋に母と子供達が住むという敷地内別居生活をしたのを覚えています。
その頃の私は母に洗脳されて、母の言う情報を鵜呑みにして、父・祖父の事を毛嫌いしていました。
反抗期も重なり、大人への不信感もあり、あまり家の事に関心がなかったような気がします。
ケンカばかりする両親に、なぜ離婚しないのか不思議でしかありませんでした。

その頃の私は、友達といる時間を優先し、家にいる時は部屋から出る事もありませんでした。
でもまぁ、親や大人に不信感・嫌悪感を抱いても、不良になる勇気も自殺する勇気もでませんでしたけどね。
それというのもきっと、ケンカとか暴力嫌いだし、人と争うのも嫌だし、痛いのも嫌いなので、嫌な事をシャットアウトするのが精一杯だったのだと思います。
ある意味、両親のケンカが母が父への一方的な責め(喚き散らす等)だったのが救いだったのかな?と今は思います。
これが父の暴力だったり、血なまぐさいケンカだったらきっともっとひどいトラウマになっていたと思います。
そこはグッと堪えてくれた父に感謝しなきゃいけないですね。

学校生活はどうかと言うと、人間観察が功を奏したのか、友達作りにも慣れ、予測を働かせてクラスの中でもグループにも入れたり、不良と呼ばれる人とも仲良くなる事もできました。
この頃から「無難」とか「とりあえず合格できれば」とかトップを目指すより平均点を維持して、余力で楽しむスタイルを確立した気がします。
それが今のモットーの「なんくるないさー」につながっているのかもしれません( ´艸`)

青年期
高校を卒業して、専門学校に入学し、バイトも初めて、その頃には、家には寝に帰るくらいに殆どいなかった気がします。
バイト先で彼氏ができ、彼氏と半同棲を始めて、私は嫌だった家から逃げ出せた気がしていました。
けれど、彼氏の束縛が強くて、自由を奪われているのが嫌で、私は、その彼氏のところからも逃げ出し、勧誘された宗教団体の施設に入居しました。
その頃の私は、落ち着ける「居場所」を探していた気がします。
宗教団体での生活も最初は良かったですが、課された課題が嫌で、そこも出る事になりました。
かと言っても家にも帰りたくなかったので、宗教団体から借りたガスも電気も通っていないアパートでしばらくバイトしながら暮らす事になりました。

バイトから帰って、暗い部屋で買ってきたお弁当を食べて、一人、膝を抱えて考えました。
今の状況、これから先の事、そして、今までの事・・・。

その時、私は初めて自分自身と向き合ったのです。

大人が怖かった幼少期、大人に嫌悪感を抱いた思春期、そして、嫌な事から逃げ回っている今
逃げても逃げても嫌な事は消え去ってはくれない。
それは自分が変わらないと同じ事の繰り返しだからだ。
何となくだけど、わかっていた。
逃げてばかりいても変わらないと
そして、行動しなきゃいけない事も
幼少期の劣等感を私は自分で考えてカスタマイズを確立したじゃないか。
思春期でも友達とうまくやって楽しい時間を過ごしたじゃないか。
逃げ回っているのだって、何とか状況を変えようと模索した結果じゃないか。

・・・私、頑張っていたじゃないか。

そう思った瞬間、暗かった心に一筋の光が射したようでした。
自分で自分を受け入れた瞬間です。
ダメなところも嫌なところも全部ひっくるめて自分として受け入れた瞬間、自分を許せたんです。自分を認められたんです。
自分を受け入れた瞬間、今まで嫌だった両親の事を考えられるようになりました。
ケンカばかりして親としては失格だけど、それでも、経済的に不自由を感じた事はない。
住む家も部屋もあったし、専門学校まで入れてくれた。
親として過剰なところもあったけど、それも子供のためを思っての事だろう。

・・・両親も頑張っていたんじゃないか。

今まではダメなところばかりしか見てなかったけど、良いところを探せば、その人の本質が見えてくると思いました。

後でわかった事ですが、この体験は、心理療法の1つである「内観療法」に似ていました。
私はそれを独自にやっていたのです。すごいぞ、私( *´艸`)

それから私は、家に帰り、両親に頭を下げて、お金が溜まるまで家にいさせて下さいと頼みました。
そして、今までは言えなかった両親のケンカについても、それからは口を挟むようになりました。

それからかな?母に対抗できるのはお前しかいないと父に言われるようになったのは(笑)
ま、それは結婚してからの話なので、まだ先のお話しですが(*´ω`)

今日はここまでにします。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
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肉球、さわってもいいよ by めめ子



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