お作法

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コラム
高校の頃、学校行事でテーブルマナーとかで、なんかよくわからんレストランに連れて行かれてあれがこうでどうのこうのと言われ、なぜそれをするかの理由も理解できなかったため、クソめんどくさいことさせますなぁというものがあった記憶がある。

それを思い出したきっかけは、今旅行先で、素敵な和食のコースを風情のある景観を眺めつつ頂いているのだが、背もたれのある椅子に、もたれかかる気にならなかった。
食べ方や食べ終わった器の置き方や箸の使い方など、自然と丁寧なものになり、少しずつよく噛んで味わって食べていた。
おそらくは、コースというものがそういう設計になっているというのもあるとは思うが、やはり美しい場所で素晴らしいものを頂く時に、それを頂く側の自分も美しくあろうとするのは当然の流れなのではないかと感じた。
ある意味では、音楽のセッションに似ている。
お前がそのテンションで来てくれるならこっちにも考えがございますけどもー!という(笑)相乗効果で盛り上がっていくのと同じものを感じた。
つまりお作法も元々は食における研鑽が成っていった形なのではないかと思ったのだ。

それを形だけ真似させて意味を伝えないもんだから、まさしく形骸化ということに当然なるわけだ。
学校のお勉強の大半がそういうものであったと記憶している。
たまに心ある教師の授業が面白かったのは、そこに「実(じつ)」があったからだ。
逆に言えば、本来全て誰かが面白くて人生を賭けて形にした数々の分野のものを、あそこまでつまらなく伝えられるということに驚きを禁じ得ない。

またフツーの学校ディスが盛り上がりそうなのでやめとくが、いろんな前提をとっぱらったら、世の中は面白いことしか残らないんじゃないかと思う。
みんなそれぞれ自分の面白いことを突き詰めてったら、比喩でなくそこは天国だ。(自分さえ腑に落ちれば今ここが天国なんだけどね)
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