勉強について、気付いた事がある。
今自分めっちゃサーフィンが楽しすぎてやばいんですw
今までマニューバー系と言われる動かしやすい板を始めてからずっと使っていて、ウォーキングの感覚がずっと掴めずにいたんですが、先日友達のノーズライダーを借りて、友達のウォーキングの雰囲気を見てイメージが掴めて、初めて歩いて調節する感覚を味わって、もう脳汁が止まらなくて(笑)
あそこでワイプアウトしたのはあの位置に乗ってたからでもうすこし波側に足乗せとけば重心とれたよなぁとかちょっと波の低い位置にレール入れちゃってたから前まで歩けなかったんだよなぁとかキレイにプルアウトしてぇ~とか試行錯誤と欲望がとめどないw
その時友達が乗っていた板とも交換してまた全然感覚が違って、板によってこんなに違うもんなんだなぁというのを学んだ日でした。
そしてそこから2日、あの感覚が忘れられないのと早く色々試したいので、ほんと中毒状態ww
そんな中理想的なライディングをするプロの方の動画を見ていて、あーなるほど自分はターンの時に上体が倒れていたせいでバランスとれてなかったのかもしれないなぁと気付いて、じゃあこういう感じか…?と実際に身体を動かしてシミュレーションしていた。
その時はたと気が付いた、これって陸トレじゃないか…と。
陸トレって海の上っていう不安定なコンディションでは安定した陸で出来ない事は出来るわけないよね、っていう理論で、陸でいろんな事を試して練習しておく事を言って、とても重要だからやった方がいいよ!って聞いてはいたんですけど、今まで正直ピンときてなかったんです。
実際やってみないと感覚なんてつかめないしな~という感じで。
で、今回自分から出てくる感じで身体の動かし方をチェックしていたのを見て、これは…!!って気付いたんです。
はい、ここから気付きについてですが、サーフィンに一切興味のない人でここまで読んでくれた人はすごいです(笑)
思いついた事そのまま書くコンセプトでやってるんでゆるしてw
気付いたのは、これが学びってもんだよなっていうこと。
必要は発明の母と言うがまさにそれで、自分がその事柄について真剣に考える、試行錯誤する事こそ、新たな気付きや視点を得る原動力になる。
では真剣に考える一番の原因は何か。
「やりたい」だよね。
「やりたい」なら欲望のままに動いているので一切の無理なく、誰に言われるでもなく時間の制約がなければ一生やってる。
でも「やらなきゃ」だと?
自分から出てきているものではなく、何か外部の要因による必要(「必要」にも種類があるね)によって強制されているもので、欲望ではないため自分をやるモードに持っていくためのエネルギーが必要になり、そのため疲弊する。
学校の勉強が最たるもので、運よく自分の興味がドンピシャではまるもの以外は、全く自分発信でない、わけのわからん情報をただ注入されて、それについて時間を使って覚えろ、っていう超超超非効率なものだ。
しかも教える側も、これが大好きでみんなに伝えたい!なんて人は未だ見た事がない。
ただ決まってる事を決まってるように伝えている人が大半だろう。
ほんでそんな詰め込まれたものをどんだけ覚えてるかで点数をつけられて、それで人間の価値まで測られるところさえある。
く!!!だらねーーー!!と叫びたくなるが、まぁこれは自分が一般的な学校が嫌いだからそれも多いに含まれてるので、偏った一面的な意見ですよとも言っておくw
もちろん未知の情報に触れるということは新たな世界を拓くことになるので、そういった面では可能性を拡げることにはなるだろう。
でもやっぱり、重要なのは伝える側のスタンスだと思う。
伝える側とは、教師と親だ。
学校は本来、子供たちが勉強をする義務を課されるところではなく、情報を得る権利を得られる場所なのではないだろうか。
それが色んな不安の図式から歪んでしまっていると感じる。
その負の連鎖を断ち切るためにも、伝える側の意識を改革する事が重要だ。
子供たちが勉強しない事を責める前に、自分がその環境を作れていない事に目を向ける必要がある。
つまんねーんですよ、ほんとに、しらんがなっていうw
おっとついつい感情が…自分もこの点にはまだまだブロックがありそうだ…内観の必要ありですな。
思ったけど、学校も評価制度を明確化したらどうなんだろう?
実際にはあるのかもしれんけど、子供達からアンケートとって、授業が面白いとかわかりやすいとかを聞いて、それそのまま評価にしろとは言わないけどある意味サービス業なわけだし、教師自身も提供するサービスのブラッシュアップに使えるのではないだろうか。
学校の勉強についてはそんなところにしておいて、
自分自身の学び、という観点でいくと、やはり他者から与えられた必要性を頼っていては、効率も悪いしやる気も出ない。
他者というのは特定の個人に限らず、一般常識や世間体等もそうだ。
でもやりたいことなんてねーし!という方。ですよねですよね。自分もずーーーっとそうでした。
今になってなんとなくわかったのは2点。
自分のことを見ていなかった
ハードルを上げすぎていた
です。
前者はそのまんまで、何度も出てくる一般常識と世間体と人間関係にがんじがらめになって、それに対応しているうちに自分の想いがなんにも見えなくなっていました。…うーん、正確に言ったら自分で封じ込めていたので、見ないようにしているうちに見つからなくなっちゃった、かな。
なので、改めて見てあげる事。ノイズを排除して内観をすることで、ちょっとずつまた出てきてくれます。
後者は、自分の想いとか理想とか夢とか、すげー大層で立派なものを求めがちです。
そして自分が当たり前に出来ている事を、まるでなかったかのように過小評価する。
厳しいですね〜ケチですね〜、他人にはそんな事しないのにね〜
自分がやりたいことって、誰に求められなくても勝手にやってる事なんですよね。
例え今の仕事や趣味等で明確にそういった活動をしていなかったとしても、日常生活の端々に現れています。
なのでまずはそういうのをキャッチしてあげること。
あーそういえばこれはそんなに嫌じゃないかも…くらいのでいいんです。
どでかい変化を求めがちですが、やり方を身につけていく過程ではある程度時間をかけてあげる気持ちで臨むのが良いと思います。
んで、その嫌じゃない事を分析していく、そうすることで、やりたい要素を抽出します。
それが仕事になる事ならそうなるよう動いてみるし、自分がそうでしたが会社に入る選択肢が難しそうなら自分でサービス作ってみるとかもあり。
死ぬほどハードル感じてた自分が言うので間違いないんですが(笑)、とりあえずやってみればなんてことないし、やってみないとその先の研鑽なんて1ミリも出来ないし、どうなっても死にゃしないのでやればいいです。(まぁ死ぬことも別に恐れることではない…あ、話がそれるw)
ここまで書いて色々してて、書いた事すら忘れてて、今読み返したけど結論よくわかんないから終わりw