灯台下暗し

灯台下暗し

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コラム
さっきいつも食べてる寒天デザートを食べようと用意していて、はい完成~となった時に、これまたいつも使っているデザートスプーンがないと気付いた。
あれー?さっき洗って置いといたのになぁ…といくら探してもない。
そんなはずないからハテナがたくさん状態だったんだが、しょうがないからとりあえずお皿持ってくか…と目を移したら、お皿に備わっていましたw
おいおいおいwとさすがに吹き出してしまったんだけど、寒天を食べながら、これでなんか書けないかなーって考えてる事に気づいて、これ軽い病気かもしれねぇとまた笑ったw

それで思ったのはタイトルにもしたように、あまりにも当たり前にあるものって、それがあるという事すら意識してないよなぁということ。
自分はある期間、生活家電がエアコンとケトルのみ&キッチン・風呂なしという生活をしていた。
それまでシステムキッチンだの浴室乾燥機だのドラム式洗濯機だのが普通にあった生活から、だ。
その時は精神状態もあまり健康ではなかったのもあって、じゃあ買うかという方向にもならず、しばらくそのまま生活していた。
そこで水道をひねれば水が出てくることに感動したのを覚えている。
そこから時間をかけて炊飯器・ホットプレート・食器棚・冷蔵庫を手に入れて、引っ越してキッチン・風呂・オーブンレンジと生活が整っていった。

こ、米が!こんなに簡単に!炊ける!!とか、
焼く!?ゆでる以外の調理方法が出来るなんて!!とか、
箱アイスとか生もの買えるんですけどー!!!とか、
調理スペースがある幸せとか、
いつでも好きな時に家の中でお風呂に入れるとか、
お菓子作りまで出来ちゃうとか、

逐一そういった感動を味わってきた。
それらは以前の生活では見向きもしなかったものだった。
今の生活でも、その時ほど新鮮な感動をいつも味わっているわけではないが、ふとした時に、あー湯舟に浸かれるって幸せだなぁ…みたいに、日々の生活に感謝する礎になったと感じている。

よく「当たり前はない」みたいに言うけれど、
そんなに厳しい見方をしなくても、日々恵まれて、楽しく生きさせてもらっているなぁと感謝するくらいでじゅうぶんだと思う。

ちなみに「感謝しなさい」みたいに強制するのはけっこう嫌い(笑)
そんなのは満たされていて、ものごとを曇りなく見られていて、自分を大切にしていれば勝手に出てくるものであって、その結果のところだけを無理にやろうとしても歪んでしまうのは当たり前だ。
なんだっていきなりプロと同じ事が出来るわけがない。
これもまた技術なんだと思う。
だから即物的に結果だけを求めるやり方が相手に伝わるわけがない。

一般常識的に良い結果が出ていないとして、自分がそれを監督する立場(親とか上司とか)だった場合に、結果だけを見てあれやれこれやれというのは、上の例と同じで、非常に一面的なものの見方しかしていないと言えるだろう。
また、一般常識やそのコミュニティのルールに則りすぎて、それを正義として他者を評価することも、とても注意が必要なところだ。
それは果たして自分の考えなのか?言われたままを言っていないか?虎の威を借りていないか?と是非自問したい。
それが監督する立場の責任というものだ。
上に立つ時は権利より責任を感じたい。

話逸れまくったけど、幸せってやつは日常をいかに感謝出来るかって事だと思うし、他人をマイナス評価している時は自分を省みた方がいいよね、ってはなし。
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