たまに意識高い感じの動画とかも見る。
その中で、こないだ見た動画で成功者のルーティンとして紹介されていた、早起き・運動・良いものを食べる・余計な事に時間を使わない・休息みたいな感じ(うろ覚え)のものがあって、それがなんとなく頭の片隅にあった。
そして今日それを思い出した時に、これってめっちゃ自分を大事にしてあげてる事だな、って気付いた。
肉体を整えてあげて、精神を整えてあげて、インプットもアウトプットもしやすい環境を整えてあげて、っていう感じで、とってもVIP待遇にしてあげてるわけです。
ただ99%の人は成功したいと言いながらこれをやっていません、みたいなよくある論調で語られていたけど、やっていないんじゃなくて出来ないんだよね。
理由は単純で、自分をそこまで大事に出来ないから。
早起きする→めんどくさい
運動する→めんどくさい
良いものを食べる→めんどくさい
余計な事に時間を使わない→ちょっとくらいいいじゃん
休息→不安
というのが自分が今まで、そして今も良く使う言い訳ですw
「めんどくさい」っていうのは、自分が中高生の頃口癖のように言っていた言葉だが、その頃の自分の自己肯定感は、かなり危ないところにいた記憶がある。
自分に価値がある、なんてまず思えていなかっただろう。
自分に価値がないから、大事にしてあげる価値もなくて、大事にしてあげたくない人には労力も時間も使いたくない、つまり「めんどくさい」だ。
個人差はあると思うが、自分は早起きは気持ち良いし、運動は好き、良いものを食べる事に気を遣っているし、自分にとって楽しくて有益な時間を過ごすことを心掛けているし、しっかり休息もとる。ただし、状態が良い時は。
なので本当はこうした方が楽しいけど出来ない…という時には、行動面を強制的に整えるより内面の地盤を整理してあげた方が良い。ぐらぐらの土台の上に家を建てたくはないのでね。
あと思ったのは、実際にやっている時は気分が良いが、「これをしたほうがよい」・「あれをやらなきゃ」という方向で想像すると、途端に気持ちが萎えてしまう。
やはり自分は、他人から言われた事や常識的にこの方が良い、という事はエネルギーにはならないようだ。
だからこそ自分の本心の声を聴く、魂の叫びを受け取ってあげる事でこそ、前に進んでいけるのだ。
以上の事を考えていくと、
1.なんかよさげなルーティンとか行動・思考法をとりあえずやってみる
2.自分に合ってれば続ける、なんか違えばやめる
3.その中で、やりたいけど出来ない事があれば、その源泉を探って癒す
このサイクル回せたら最強じゃね?と思った。
そしてこのサイクル自体も、義務にならないように楽しいとか嬉しいを感じるものでなければ取り入れない事を徹底する。
おー、これうまく回せたら相当良さそう。
こういうのは見えるところに貼っといて忘れないようにしたいな。
んで、ここでやっと本題なわけですが(長い)、世の中に溢れる、宗教・自己啓発・スピリチュアル・ビジネスマインド等における大事な事とされているもの。
それらは結局のところ、一つの真理を様々な側面から表現しているだけなのではないかと感じた。
以前心理学とスピリチュアルでびっくりするくらい同じ事言ってるのを知った時とか、過去の賢人・偉人の言葉と子供が何気なく言った言葉にものすごい近似性があった時とかと同じだ。
だからどんな教えにも学ぶところはあるし、逆にどんな教えにもノイズはあるのだ。人間が考えたものだから。
そう考えるとやっぱりジャンルで括って判断するのは本当に意味がないなー
音楽でこのジャンルは嫌いとか、この宗教は良くないとか、この人の言う事は全部デタラメとか、その国の人間はみんなそうだとか。
てかよく考えたらそういう括るのって、よく知りもしないくせに知ったふうな口をきくときだけしか使わなくない?
例外もあるだろうけど、その傾向が強い気がするなー
ちょっと話がまとまらなくなってきたからこのへんで