ビジネス書によくある
「ご機嫌でいる方が、ビジネス的にも上手くいく」という言葉。
頭ではわかっていても、ご機嫌にできている人は、どれだけいるだろうか。
(実際、アンガーマネジメント講座を開いている人が、すぐに感情むき出しになっている姿を見たときは、「まじ?」という顔でそれを見てた。)
わたしの中で「ご機嫌な人」は、だいたい3パターンいる。
①そもそも環境がその人にとって満足がいっている人。
②自分の心の動きに気づき、きちんと対応している人。
③ただただ我慢している人。
③は、とても辛いだろうなと思うし、①は、そうでなくなった時が心配だ。
みんな生きていれば、ご機嫌じゃなくなる瞬間に出くわす。
そのとき、感情に振り回されて初めて気づくことがある。
「わたし、こんなにも認められたかったんだ」とか、
「ここまで我慢してたんだな」とか。
感情に振り回されることは、未熟さではなく“サイン”なのかもしれない。
そのサインに気づいて、自分を立て直す力こそ、
本当の意味での「ご機嫌でいる力」だと思う。
先日、彼氏さんのちょっとしたことでムキっとなった。
わたしたちが所属しているお金のコミュニティの今後の活動について、意見が食い違ったのだ。
わたしは今、カードゲームを作っている。
それを使って、お金の知識に興味を持ってもらいたいと思っている。
でも彼氏さんは「授業は座学で行うもの」という感覚らしく、
ゲームは“授業”とは思っていないようだった。
わたしは新入社員研修などでゲームを使い、その中で自分の課題を“自分ごと”として気づいてもらう機会を作ってきた。
その方が、心にも記憶にも残る。
だからこそ、「学ぶ目的が合えば、ゲームでもいい」と思っている。
わたしたちのコミュニティはもともと、座学の中でも“楽しめる学び”を大切にしている。
もっと楽しんでほしいと、そう思っての提案だった。
さらに、彼が「わたしが自分の利益のためだけに動いている」と思っていたことにもショックを受けた。
そのショックな気持ちの次には、悲しみが喉元に炭酸水を飲んだ時のようにジュワーと押し寄せてきた。
このままではいけないと冷静さを取り戻したくて、
「わたし今、感情が揺らいでいるな。なぜだろう」と自分を見つめる作業に入った。
彼の言葉のどこに悲しみを感じたのか。
わたしが本当に言いたかったことは何か。
わたしは何かを勘違いしていないか?
側から見たらどんな状況なのか?
必死でメタ認知スキルを発動させ、感情を探った。
結論はこうだった。
「これからも一緒に過ごしていくのだから、もっと信用してほしい。」
わたしは“誤解された悲しみ”と、“信頼されたい願い”のあいだで揺れていたのだと思う。
わたしは、あまり知らない人から誤解されやすいタイプだ。
もちろん、それは自分のキャラによるハロー効果のせいでもあるという自覚もある。
でも、一番近くにいて、信頼している人だからこそ、勘違いされたくない。
その思いが強いほど、誤解の言葉が胸に残る。
「そんなつもりじゃないのに」と、心の中で何度も言い訳してしまう。
「信用してほしい」という言葉を口にしたことで、感情はいったん落ち着いた。
彼は、わたしがこの授業をやりたい理由と、生徒さんやコミュニティのことをどう考えているのかを聴いて、素直に謝ってくれた。
(余談だが、これまで付き合った人で、こんなにも素直に謝ってくれる人はいない。)
ただその後、「わたしはいつも全力であなたの味方でいるのだから、あなたにも味方でいてほしい」という少し自己中心的な気持ちが自分の中にあることにも気づいた。
(これも余談だが、別れてから「味方でいてくれたよね」と気づかれることが多い。)
以上を踏まえて、わたしはパートナー間のすれ違いで“ご機嫌さ”を失う理由には、二つあると感じた。
一つは、人は一番身近な人に対して、いちばん攻撃的になってしまうこと。
もう一つは、同じ目標に向かうときの“温度の差”を感じた瞬間だ。
女性は特に「一緒に進んでいる感覚」を大事にする生きものだから、
温度差に敏感なのかもしれない。
今回の気づきは、感情に振り回される瞬間は、未熟さではなく“何かのサイン”だということ。
そのサインのクエストをひとつ突破するたびに、自分の軸を少しずつ確かめられる気がする。
📘読んだ本について
この本には、感情が揺れたときの“気づき方”と“整え方”が、実践的に書かれている。
表面的な「ご機嫌論」よりも、もっと本質的に「自分を整えるとは何か」を教えてくれる内容だった。
なじゅのキャリコン