易者、少し図太くなる。

易者、少し図太くなる。

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先日、ショッピングモールのとあるお店でレジに並んでいた時のこと。突然、後ろにいた男性から強い口調で声をかけられた。どうやら、私が割り込んだと思ったらしい。

別に急いでいたわけでもないし、割り込んだつもりもなかったので、「すみません、どうぞ」と順番を譲った。ところが、それも気に入らなかったらしく、「バカにしてるのか!」と、だんだんヒートアップしてきた。

なんだこの人、と思って少し笑ってしまったのがいけなかった。男性はさらに激昂したのだが、不思議なことに、私はそれほど怖くなかった。むしろ妙に腹が据わっていて、自分でも少し驚いた。

その男性は最後まで私を怒鳴り散らしながら店を去った。
スタッフの方が警備員に連絡してくれたらしく、ほどなく何人かの警備員が館内を見回っていた。お店の方からも「刃物を出されたらどうしようと思いました。怖かったですね。ごめんなさいね」と謝罪をいただき、結局、何事もなく終わった。

昔の私だったら、もっと怖がっていたと思う。臆病だったし、自分にもあまり自信がなかった。この変化はどこから来たのだろう。

年齢や、それなりにいろいろあった人生経験も関係していると思う。
でも、易者という仕事にも、少しずつ鍛えられてきたような気がする。

易者をしていると、さまざまな人の悲喜こもごもや、人生の浮き沈みに触れることになる。もちろん、その人が経験している苦しみや喜びを、本当の意味で理解できるわけではない。それでも、人生の一端に触れ、そのたびに易の言葉と向き合っていると、自分自身も以前より少し、物事に動じなくなっていくのかもしれない。

そういえば、易の八卦の名を冠した中国武術に「八卦掌」というものがある。円を描くように動き、真正面から力でぶつかり続けるのではなく、かわしたり、流したりしながら相手に応じていく武術だという。

なんとなく、易を学ぶことにも似ている気がする。

易は、何が何でも前へ進めとは言わない。待つ時もあれば、退く時もあり、流れが変わるまで動かないほうがいい時もある。でも、それは弱さではない。

硬くなって耐えるのではなく、かわしながら芯を失わない。

そんなことを繰り返しているうちに、心も少しずつ鍛えられていくのだろうか。

今回の出来事で、そんなことを考えた。

そして改めて、この「易」というものを、もっといろいろな人に知ってもらいたいと思った。



易って、ちょっと面白いかも。
そう思っていただけた方へ。
今気になっていることや、これからの流れを、Ajaが易で読み解きます。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

それではごきげんよう。
皆さまの幸せを願って…
Aja✨🌙
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