学生時代、何のために必要なのか、理由を知らないまま学習していました。
国語は、さすがに見れば分かります。
地理や歴史も分かります。
英語は必要になるかもしれない、と分かります。
化学や物理は、何となく役に立つかも、という感じでした。
問題は数学(算数)です。
何のために、log(ln)、積分、微分、が必要になるのかは分かりませんでした。
学ぶ理由を知らないまま、学習していました。
決して苦手ではありません。
むしろ得意です。
必然的に成績は良くなります。
成績は良いのですが、いつ、どこで、何に使うのか分かりませんでした。
今、役に立ち始めました。
建築士の学習です。
16年ぶりです。
色々と計算しないといけない内容があります。
構造や熱に関する内容で、よく使います。
物理も、得意まではありませんでしたが、一通りはやってきました。
やはり好き嫌いが分かれる分野があります。
建築では、構造で使います。
トラスです。
久しぶりに、「またか」という気持ちになりました。
面白くない、これが理由です。
好きな人には良いでしょう。
私のように、面白くない、と思っている人の場合、面倒です。
でも必要です。
だから、します。
義務教育の教員が、なぜ算数(高校レベルまでは数学ではなく、算数と思います。)が必要なのか、具体的な事例で説明すべきと思います。
おそらく算数が苦手な人は、学ぶ意味がない、だからしなくてもいい、という
都合の良い解釈をする傾向があるはずです。
理由を知らないこと、そのために学ぶ機会を失います。
これは教員の責任です。
そもそも、大卒直後に教員になっているから、ダメです。
民間企業を複数、それも異なる業種で20年程度は「実社会」を学んでから教員になるべきと私は思います。これは、裁判官、弁護士、検事も同じです。
実社会と激しく乖離した、「異常な生命体」と思えるケースが多くあるからです。そのため、「先生と呼ばれるほどの馬鹿はなし」と揶揄されることがあります。
一企業では不十分です。
理由は簡単です。
その企業の考え=社会、と思い込むからです。
全く異なる業種、規模で学ぶべきです。
大企業ほど、人は部品の一つとなりやすいです。
替えはいくらでもある。
中小企業ほど、人として対応します。
役所や大企業病に罹った場合、役職に対してなのか、本人に対してなのか、見誤る人が増えてきます。
偉そうにできるのは、役職=肩書がある時だけです。
肩書が消えれば、ゴミ扱いすらされない場合もあります。
定年退職者、いつまでも「退職者証」を自慢げに持ち歩く「超馬鹿者」もいました。恥を知る、これを学ばなかったため、でしょう。
これからは個人の能力が重要になります。
AIができないこと、人間でないと無理なこと、ここで人の価値が高まります。
反対に、ロボットやAIで可能な分野に、人は不要です。
電力とメンテナンス部品だけでいい、ロボットが費用対効果は最大だからです。
義務教育、高校レベルまでの場合、何のために学ぶのか理由を教員は具体的に生徒に伝えるべきです。どの分野で、具体的にはどのように活用するのか、理由を知ることで学ぶ意味が高まります。
そのためには、教員が実社会で色々と経験していないと無理です。
教育「業者」は、いりません。
VRで学んだほうがマシです。
色々な経験を積んだ人、本当の教員です。
すると、なぜ算数が必要になるのか、どこで使うのか、学ぶことで職業の幅が広がったりするのか、などを具体的に伝えることができます。
中学であれば関数です。
どこで役に立つのか、これを教えることから始めるべきです。
高校レベルであれば、log(ln)、微積分など、どの分野で具体的にはどのように
使うことになるのか、を教えることから始めるべきです。
なぜ必要なのか、が分かると勉強は加速度的に進むことがあります。
生徒の年齢で職業を決めることは困難です。
学んでおけば、いつか全く異なる分野に進むことになったとしても、対処できるようになります。学んでおいて良かった、となります。
いつ必要になるか、人によって全く異なります。
私のように少なくとも学生時代から30年経過して、当時の算数(数学)が
役に立つ場合もあります。幸い、得意だったので「思い出せばいい」だけです。
教科書にも責任があります。
この内容は、具体的にこのような分野で必要になります、のような説明をすべきです。理由が分かれば、自分が使うかどうかは別にして、いつか役立つことがあるかもしれない、と考えて学ぶことができます。
私はこの世界に「学ぶために」来ています。
馬齢を重ねてはいけません。
人身受け難し、森信三先生の有名な格言です。
人として生を受ける、転生できたことに感謝すべきです。
出生時の差=前世までの行いによる差、にすぎません。
この世だけでみると不公平です。
しかし、非常に多くの前世までを考慮すると、公平であることが分かります。
新年度になり、学ぶ手法が変わる人たちも多いはずです。
それでも今は、電子機器のおかげで非常に優秀な学習が可能です。
これを最大に活用することが、結果として自分を助けることになると思います。