試験勉強など

記事
ライフスタイル
試験勉強というと、多くの人が学生や生徒がメインと思うでしょう。
ですが、私の場合、40代後半になっても試験勉強が続いています。
理由があります。
少なくとも趣味ではありません。
仕事で必要になるから、です。

学習した内容が実務で役に立つ、学ばないと手が打てないことが多々あります。そこで、半ば強制的に学ぶことになります。
実務では知っていればいい、というレベルもあります。
しかし、客観的に学んだ内容とレベルを相手に伝えないといけない場合、試験が役に立ちます。
試験の内容が客観的な基準を示すことになるからです。

大学、高校などの受験の場合、英検を受験する生徒や学生は多いです。
入試に直結しているケースもあります。
好き嫌いに関係なく、必須の場合があります。

これが社会人になると変わってきます。
どこかのドラマではありませんが、「会社は学校ではない」、からです。
学ぶかどうかは、本人の判断によります。
学校を卒業してからは、何一つ試験は受けない、という人もいるでしょう。

反対に、いい加減にしろよ、、大概にしてくれ、と思う人もいるはずです。
進んで学ぶ場合は良いのですが、強制的にしないといけない場合もあります。
卒業してからは、学校ではないので自分で学ぶ習慣ができているかどうか、で
激しく差が出ます。

専門性を高めようとすると、必然的に試験、資格、免許等が関係します。
誰でもいい、わけではないからです。

私の場合、不動産に関係した内容です。
不動産の実務を知らない学生時代は、土地か建物に関係した内容で、
「大したことはない」と思っていた時期がありました。

知らぬが仏、のような感じです。
義務教育くらいまでは、不動産=ロクなやつはいない、と思っていました。
バブル期の内容やドラマ等の影響と思います。
確かに悪党はいます。これは今でもいるので、現在進行形です。
過去形にしたいのですが、消えません。

学生時代に宅建を強制的に取得させられたときから、不動産についての考えが
変わってきました。
権利関係、法令上の制限、税金、宅建業法を学びました。
独学です。
これが良かったと思います。
学ぶ=学校と思わなくなったからです。

習わないと何もできない、これは危険ですし、悲惨と思います。
自分で学ぶ=学習と思います。

宅建は未成年の時に取得しました。
すぐに使うことはありませんでした。
7,8年後に使うことになりました。

宅建試験合格=宅建士ではありません。
そのままでは、ただの試験合格者です。
登録し、宅建士証がでて初めて宅建士です。

試験と実務の差、を登録の時に初めて知りました。
試験には無かった内容です。
登録のときに必要な手続き、です。

登記されていないことの証明、なんのこっちゃ、と思いました。
今では、被後見人、被保佐人、被補助人ではないことの証明です。
登録欠格事由だからです。
当時は用語が違っていました。
禁治産者、です。
この言葉も非常に分かりづらかったです。
治産を禁じられた者、「知るか」と思いました。
今の被後見人は分かりやすいです。
後見を被る人です。

当時の民法では今とは異なる用語が色々とありました。
昨年の改正で相当に分かりやすくなったと感じます。
滌除=てきじょ、です。文字から意味が分かる人は少ないと思います。
抵当権消滅請求に変わりました。これなら分かります。

今は内容が変わりましたが、当時の滌除には、増加競売という反撃方法が
ありました。金融関係の漫画で描かれていることもありました。
法律用語は、誰が考えたかは知りませんが、ややこしい言い方が目立ちます。
普通の言葉で使ってほしいと思います。

実務で役に立つ試験が色々とあります。
単に知らなかっただけ、かもしれません。
必要になってきたから、気づいたようにも思います。

不動産では確実に法律を学ばないといけなくなります。
知らなかった、は通用しません。
習っていません、は論外です。

法律と聞くと誰もが司法試験を想像するかもしれません。
実際の試験問題を見たことが無いのに、勝手に解釈していることが
あると思います。
いまではロースクール卒業か予備試験クリアで司法試験は受験できます。
択一、論述、口頭試験です。

その問題を見てみると感じることがあるかもしれません。
なぜ、この内容が司法試験に必要なのか、という点です。
クイズの延長線ではないか、と思うような内容もあります。

論述試験は、あきらかに「どこかの事件での判例」が基になっていると思う内容が多いです。問題文が長いので、読むだけでも疲れます。
日数と時間が必要な試験です。
体力も必要です。

特に難関試験と言われる内容では、少なくとも1日や1回で終わる試験は少ないです。一次、二次、三次のように連続していることがあります。
いまのようにコロナの影響があると、試験を受験することさえ難しい場合もでてきます。

目的と費用対効果から検討することになります。
苦労してクリアしても無意味な場合、徒労に終わります。
AIによる士業の淘汰も考えられます。
今までは良かった分野が、哀れな分野になる可能性もあります。

医療関係も同様です。
医師、看護師がロボットに代替されるときが来ると私は思います。
医師、看護師が「食えない職業」になることも考える必要があります。
中には逆恨みされ、死人を生き返させろ、できないとわかると散弾銃で
射殺するような外道もいます。

ロボットであれば、死にません。
コロナも無関係です。
人間味は皆無かもしれませんが、患者にとっては良いかもしれません。

何を学ぶか、これが大切になります。
これからの世界がどうなるのか、先を知ることから始まります。
10年後、20年後、50年後に必要な内容は何か、これを知ることが重要です。
これは科学では知ることはできない、と思います。
非科学の力であれば、可能と思います。

学ぶ、学ばない、これは各人の考えです。
正解はありません。
しかし、この世に何をしに来たのか、この世は何のために存在するのか、
等を考えた人であれば、学ばないという考えはしないと思います。

自分がこの世で行う使命、目的を知ること。
制限時間=寿命までの間に、何ができるか。
目標、目的を達成した人=正しい死期、と私は考えます。
長生き=良い、とは考えていません。
馬齢を重ねただけ、では無意味と思うからです。

若死に=悪い、可哀そう、とも思いません。
すでに目標を達成した人、という見方もできるからです。

各人に目的があるはずです。
ただ、生まれてきたときに記憶を消去されるので、それが分からないのが
普通です。80歳くらいになって気づいた、気づかないよりはマシですが、
残時間ではクリアできる内容が限られてきます。
幼少期に気づいた人、これは幸せと思います。

今さえ良ければいい、という考えをする人は、気の毒な結果が待っていると
感じます。時は進みます。正しくは、時の流れる向きを変えることができないので、流されてしまいます。老化して終わり、という人も多数いるはずです。

自分の仕事で可能な限り学ぶこと、これが全く関係ないと思っていた現象に影響することがあるように思います。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら