コロナではない災害への警戒など

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コロナ五輪がようやく終わりました。
類は友を呼ぶ、話が下手で長い人も同じでした。
聞く側は拷問です。
話しが下手、これは人間としての欠陥だと私は思います。
話せないほうがマシです。
話が長い人は、文章が書けないことがあります。
文字にすると、自分でも嫌になるからでしょう。
特に文字になると、何を言っているのか自分でも分からないことに気づくのかもしれません。

誰が、何を、どうした、くらいでよいのです。
一文は短いほど、聞き手(読み手)はわかりやすくなります。
この真反対が悲惨です。
一文が異常に長い、何を言いたいのか分かりにくい、この悪いほうの完成形が裁判の記録ではないか、と思います。
判例で分かりやすかった、という例をみたことがありません。
文章の書き方の最低レベルにあると思います。
ダラダラとやたら長く、いかにして分からないようにするか、を美徳としているように感じます。究極のアホ、と思います。
相手に伝わらない言葉は、ゴミより劣ると思います。

言葉を瞬時に正しく伝えること、これは高等技術です。
平易で分かりやすく伝えること、これは簡単なようで非常に難しいです。
話し手が極めて高い知性を有しているから、難解な内容を平易な言葉で伝えることができます。
また、言葉が短いことも重要です。
ダラダラと長くすることは、IOCやどこぞのカンペもまともに読めない人のように、どこにでもいます。

相手に伝わらない=言葉としての意味がない、と思います。
五輪は閉会式も途中退場者が続出しました。
自画自賛していたのは、利権関係者だけと感じました。

コロナは感染数が問題です。
まず、肝心の検査数が少なすぎます。
検査数を超える感染者は出るはずがありません。
休日明けは少ない、これが当然とされています。
私は誤りだと思います。
昨年から何をしてきたのか、と思います。
これが役所の仕事なのか、とため息がでます。

「カイゼン」を学ぶべきです。
今までと同じ、言われなければしない、する必要がない、しようともしない、これが今の役人の姿でしょう。
早くロボットに高度なAIを搭載して、総替えをするべきと思います。
支出が劇的に減り、作業が今までとは比較ができないほど高速化し、問題を次々と処理していくことができるはずです。

そうしないと、コロナではない災害が発生したときに、何もできなくなるからです。コロナだけが災害ではない、これが大切と思います。
何が起きるのか、まだ見えません。
見えていれば、何をすべきか策を講じることができます。
ですが、具体的にはわかりません。
日本国内に天眼通の能力者が何人いるかは分かりませんが、見えているなら知らせてほしいと思います。

役人や政治家では役に立ちません。
自力で対処しないといけません。
自然災害なのか、人災なのか、他国からの影響なのか、何でもよいので「見えたこと」を知らせてほしいと思います。
天眼通の能力者は、必要に応じて天が能力を与えても良い人にだけ、授けるはずです。欲ボケしたような輩には、決して与えられない、許されない能力です。

コロナが深刻化するというよりも、コロナのほうがマシだったと感じるような大きな災厄が来るような気がします。
来てほしくありませんが、避けられないようにも思います。
そうすると、防御する方法があるなら、食らう前に対策を講じたいです。
できることなら、この真の能力者が政治の中枢に携わってほしいです。


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