昨日、プラモデルを買いました。
昔、おじいちゃんに買ってもらったことのある、懐かしいプラモデルです。
久しぶりに見つけて、懐かしさもあって買ってみました。
でも、よく考えてみると、プラモデルって「ムダな遊び」なんですよね。
完成したものが欲しいだけなら、最初から完成品を買ったほうが早い。
しかも、自分で作るよりきれいに仕上がっているものだってあります。
わざわざ箱を開けて、部品を一つずつ切り離して、組み立てていく。
失敗することもあるし、時間もかかります。
効率だけで考えたら、ずいぶん遠回りです。
パズルだって同じです。
最初から完成している一枚の絵を、わざわざ何百個ものピースに切り分けて、それをまた元に戻していく。
よく考えたら、不思議な遊びですよね。
でも、それが楽しいんです。
ここに、人生を楽しくするヒントがあると感じています。
わたしたちは普段、できるだけ効率よく生活しようとします。
早く終わらせたい。
面倒なことは減らしたい。
最短距離で結果を出したい。
時間をムダにしたくない。
もちろん、効率を考えることは大切です。
仕事でも家事でも、効率よくできるところは効率よくしたほうが、時間にも余裕が生まれます。
でも、人生のすべてから「ムダ」をなくしてしまったら、どうなるでしょうか?
趣味なんて、その多くが効率とは正反対です。
魚を食べたいだけなら、釣りに行かなくてもスーパーで買えます。
景色を見るだけなら、スマホで世界中の美しい景色を見ることができます。
コーヒーだって、飲むだけなら数分で済みます。
それでも、わざわざ道具を用意して、自分で淹れて、ゆっくり味わう人がいます。
目的だけを見れば、遠回りです。
でも、その遠回りそのものを楽しんでいるんですよね。
人生の楽しいことには、たくさんのムダがあります。
何の役にも立たないことを夢中になってやる。
わざわざ手間をかける。
目的地まで少し遠回りしてみる。
気になる店に寄り道してみる。
欲しかったものを自分で作ってみる。
「それをやって何になるの?」
と言われても、
「楽しいからやる」
それだけで十分なんです。
大人になると、何かをするときにも意味や成果を求めるようになります。
「将来役に立つのか?」
「お金になるのか?」
「何か得られるのか?」
でも、子どものころはそんなことを考えずに遊んでいました。
ただ面白いからやる。
作りたいから作る。
行きたいから行く。
やってみたいからやってみる。
そんな時間がたくさんありました。
ムダを全部なくして効率だけを追い求めていくと、確かに生活は便利になります。
でも同時に、人生から遊びや寄り道までなくなってしまいます。
効率よく進むことも大切。
立ち止まることも大切。
最短距離で進む日があってもいいし、わざと遠回りする日があってもいい。
何の役にも立たないことに夢中になる時間があってもいい。
むしろ、そんな時間が人生に豊かさを与えてくれます。
ムダなことを楽しむ。
遠回りを楽しむ。
結果ではなく、その途中を楽しむ。
昨日買ったプラモデルも、完成させることだけが目的ではありません。
箱を開けるところから、少しずつ組み立てていく時間まで楽しむ。
昔、おじいちゃんに買ってもらったときのことを思い出しながら作る時間も含めて、楽しみなんです。
人生も、同じなのかもしれません。
目的地に早く着くことばかり考えるのではなく、その途中にある寄り道やムダも楽しんでみる。
効率よく生きるためだけに人生があるわけではありません。
楽しいからやる。
それだけで十分です。
人生には、ムダを楽しむ時間が必要です。