いなくなって気づいた、家族の力学

いなくなって気づいた、家族の力学

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コラム
今日から、下の二人(小1・小4)がANAのジュニアパイロットを利用して、関西の実家へ帰っていった。

家に帰ってくると、びっくりするくらい静かだった。

なんて落ち着くんだろう。

いなくなって、初めて気づく。下の二人のパワーが、想像以上に大きかったことに。

いつも私は長男を怒ることが多い。でもよく考えると、それは「3人揃ったときに、長男がややこしくなる」という構図があるだけなのかもしれない。

下の二人がいなければ、長男は特に悪さをしない。 私も、怒らなくて済む。

——同じ長男なのに、まわりの組み合わせひとつで、こんなに違って見えるものなんだな。



家に帰ると、私はまずアイスを食べた。

今まで、食べたくても我慢していた。私が食べると「ずるいー!」の大合唱が始まり、悪循環に陥るからだ。

それから、夏休み中ずっと観られずに溜まっていた録画も、ようやく2つ消化できた。二人が帰ってくるまでに全部観終われるか心配なくらい溜まっているけれど、なんとか観きりたい。

実家の家族グループLINEには、無事に到着した二人の様子が届く。「ついてよかった」と、ほっとする。

迎えに来てくれて、預かってくれる家族が関西にいること。それがどれだけありがたいことか。 両親もずいぶん高齢になってきたけれど、まだまだ頼りにしているので、どうか元気でいてね。



こどもって、面白い。

1人の時と、2人の時、そして3人の時。それぞれの組み合わせで、本人の性格が異なるように思う。

そういえば、家では挨拶もろくにしない甘えん坊の次男は、学校では結構、授業中も手を挙げて発言しているらしい。

「授業参観には絶対に来るな」と言われているので、7月の授業参観は次男のクラスだけ観に行かなかったのだけれど。

家族といるときの顔と、学校にいるときの顔。
同じ次男なのに、先生から聞く話は、まるで別人のようだ。

1対1だと、関係はシンプルになる。人数が増えるほど、そこに生まれる"空気"が複雑になっていく——3人が「揃うと違う顔になる」なら、2人だけ、1人だけのときも、それぞれ違う顔があるんだろう。

家族に限らず、人はいつも「誰と、どんな組み合わせでいるか」によって、周りから見える性格も変わるのかもしれない。同じ人間なのに、不思議だなぁ。

私自身も、子どもたちの前にいるとき、子どもたち1人1人と向き合っているとき、家族以外に見せる顔、昔からの友人に見せる顔、そして、子どもたちの学校の保護者としての顔——それぞれに違う自分になりがちだ。

でも、どんな時でも同じような自分を出せる人に、憧れる。

そういえば、うちの父親は、家族でいるときも、友人といるときも、孫たちといるときも、わりと同じような自分を出せている気がする。(どんなときも、だいたいふざけている。)

私は、父のそういうところが好きだ。

……結局、私は、どんな時でも肩の力が入っていない自分の父親に憧れているということか。もしかしたら、そうなのかもしれない。

そんな父も、母と2人きりのときは、ふざけることが少ないらしい。



今日から、我が家の2人が加わることで、父の本来の魅力も、また増すことだろう。



そういえば、7月に生まれた妹の子どもにも、早く会いたいな。

実家の家族に囲まれて、そして、7月に生まれた新しい”いとこ”ともふれあい、久しぶりの”いとこ”たちや、おじさん、おばさんたちともふれあって、そして、また少し成長して帰ってきてくれるであろう2人に会えることを楽しみにしていよう。

それまで、私も、少しのんびりさせてもらいます…



ではでは、今日は、このへんで♪

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