「来週、デートです」
純さんはグラスを回したまま、正面を向いていた。
僕は、相手の写真を見た瞬間から格が上だと思ってしまったことを言った。
おしゃれそうで、気後れしそうだ、と。
人に上も下もない、と純さんは言った。
ただ、こぎれいにしておけ、と続けた。
自分の趣味は一旦捨てろ。
相手が友人に会ったとき、恥をかかせないことを考えろ。
靴は新品にしとけ、少なくとも汚すな。
わかりました、と言ってしまった。
言葉は軽いのに、胸だけが重かった。
想像すると緊張してきますね、とこぼすと、純さんが初めてこちらを向いた。
「そうだ。そうやって自分の気持ちを話せ」
「恥ずかしいじゃないですか」そう返すと、やりたくなければ好きにしろ、と来た。
やります、と言った。
借り物でもいいから、まずは形にするしかないと思った。
純さんはまた正面に戻り、条件だけ置いた。
相手がわかる話と、否定をしないこと。
「それだけは忘れるな」
わかる話は、その場で二人が体験していることだ。
店のこと、出てきた料理のこと。
それだけで続くか不安だと言うと、沈黙は別に悪くない、ビビるな、と言った。
「目の前の相手に興味を持て。それが伝われば向こうから話してくれる」
純さんは、それ以上は何も言わなかった。
帰り道、純さんの言葉が頭の中で勝手に並んだ。
こぎれいに。
趣味は捨てろ。
靴は汚すな。
否定するな。
いま二人が体験していることを話せ。
台本みたいだな、と思った。
思って、口の端だけ動いた。
やるしかない。
その夜、靴を磨いた。