言葉を変えただけなのに、なぜか余計に怒られた日

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自分のサイトのデモ欄に「実際に操作できます」と書いてあった。でも開いてみたら、中身が空っぽの箱。ただの枠だけがポツンとある状態。

やばい、これはさすがにまずいなと思って、とりあえず見出しを「完成イメージ」に書き換えた。操作できますって書くから怒られるわけで、完成イメージなら嘘じゃないし、まあいったんこれでいいだろうと。正直、ちょっと逃げの一手だった。

そしたら見てもらった瞬間に一発で言われた。「言葉だけ変えて、中身が空箱のままじゃないか。ちゃんとやれ」と。

その場で変な汗をかいた。自分では「表現を正しくした」つもりだったんだけど、相手からすれば何も直っていない。むしろ「問題を分かってて言葉で誤魔化した」ように見えたんだろうなと、後から思う。地味に一番恥ずかしいやつだった。

結局そのあと、実際に動くものを作り直した。ボタンを押したら本当に何か反応する、中に何かが入っている状態にするまでやって、ようやく「直りましたね」と言ってもらえた。言葉を変えた時点では何も終わってなかったんだなと、やっと腑に落ちた。

振り返ると、これって自分の仕事に限った話じゃない気がしている。報告書の言い回しを柔らかくするとか、謝罪文の言葉を選び直すとか、表現を整えることで「対応した感」は出せる。でも相手が見ているのは言葉の体裁じゃなくて、実際に状況が変わったかどうかだけなんだよな。言い換えで満足できるのは自分だけで、相手にはちゃんとバレる。

空箱を完成イメージと呼んでも、空箱は空箱のまま。中に何かを入れて初めて、呼び方なんてどうでもよくなる。当たり前のことなんだけど、自分でやらかしてみるまで本当の意味では分かっていなかったと思う。

ちなみにこの手の「動くところまで作り切る」作業、実は依頼という形でも請け負っています。

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