瞑想と死――その体験は同じ 後編

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占い
OSHO.comから転載

前編より続く


あなたは言っている

「あなたといっしょに坐っていると

どこか安心できます」

あなたが私といっしょに坐ろうが

独りで坐ろうが、実際にはなんのちがいもない



それは

マスターがいるからジャンプしても

害はないのだという考え方は

マインドの安心感にすぎない

なにかがおかしくなっても

その面倒を見てくれる誰かがそこにいる



瞑想では

なにひとつおかしくならない、絶対に

瞑想がなければ

あらゆることがおかしくなる


瞑想がなければ

なにひとつまともにいかない

あなたの全生涯がおかしくなる

あなたは希望のなかでしか生きない



が、あなたの希望はけっして満たされていない

あなたの一生は長い、長い悲劇だ

そして、その原因は

あなたの気づきの無さ

あなたの非瞑想的な質にある


瞑想は死のように見える

そして、その体験はまさに同じだ

だが、姿勢とアプローチがちがう



その違いがあまりにも広大なために

瞑想は生で

死は夢にすぎないと言えるのだ


だが、これが多くの人びとが瞑想し

マスターがそこにいるミステリー・スクールの機能だ



あなたは安全な感じがする

あなたは独りではない

もしなにかがおかしくなったら

すぐに助けてもらえる

だが、なにもおかしくなりはしない


だから

私といっしょに坐っている間は瞑想し

自分の孤独のなかでも瞑想するがいい

瞑想は、なにひとつおかしくならないという

絶対的な保証のある唯一のものだ

それはあなたの存在をあなた自身に明かすだけだ



どうしてなにかがおかしくなりうるかね? 

しかも、あなたはなにもしていない

あなたは事実、あらゆることをするのをやめている

考えること、感じること、することをやめている



あなたのすべての行動に対する終止符だ

意識だけが残る

というのも

それはあなたの行動ではなく

あなただからだ



一度自分の実存を味わったら

すべての恐怖が消え

生は全面的に新しい次元になる

もはや平凡ではない、もはや普通ではない



初めてあなたは

自分だけではなく

存在するすべてのものの神々しさと神性を見る

あらゆるものが神秘的になり

この神秘のなかで生きることこそ

至福に満ちて生きる唯一の道だ

この神秘のなかで生きることこそ

祝福が自分に雨のように降り注ぐ下で生きることだ



それぞれの瞬間が

さらにもっと多くの、もっと深く

もっと深遠な祝福をあなたにもたらす



あなたがそれに値するということではなく

生があり余って、それらを与えるからだ

生は重荷になっている

それを受け容れる人であれば

生は誰とでも分かち合う


だが、瞑想は死のようだと考えてはいけない

死はあなたのマインドの中で

良い連想につながらないからだ

それでは、意識を体験する妨げになる

「それは死のようだ」と



事実、それはほんとうの死だ

普通の死はほんとうの死ではない

あなたは再び別の構造に

別の身体に結ばれるからだ

瞑想する者は大いなる死に方をする

二度と再び身体に閉じ込められることはない



あるイタリア人が

一日仕事に現われなかったので

親方が理由をたずねた
 「いったいどこに行っていたんだ?」
 「女房のせいでさあ。女房が手押し車を産んだんでさあ」
 「そんなくだらないことを言ってると」と親方は言った

 「おまえはクビだぞ」
 「ちょっと、おれ、まちがえたかもしんねえ」とイタリア人は言った

 「女房がベッドで乳母車を抱えてたんすよ」
 「上出来じゃねえか、このアホ」と親方は叫んだ

 「おまえはクビだ!」
 イタリア人は家に帰り、妻にたずねた

 「よお、おまえは昨日、いったいどこが悪かったんだ?」
 「ちゃんと言ったでしょう、私は、流産(Miscarrage)したんだって」
 「そうだったよな、分かってたんだ、なんか車が付いてたってのはよ」



あなたの中は誤解に次ぐ誤解だ

いくつかの誤解はひどい害を及ぼす

マインドのなかで瞑想と死を同一視してしまうことは

自分になしうる最大の害のひとつだ

間違ってはいないが

死の意味からの連想がひどいために

あなたは瞑想に入るのを妨げられる


私が、死の連想が嘆きではなく

祝祭にもっともっとつながるように

したい理由のひとつがそこにある

ただの終止符、終わりではなく

ひとつの変化、新しい始まりという

連想にもっともっとつながるように

私は連想を変えたいのだ

それが、瞑想的資質のための道をきれいにする


そして、もしあなたがここで

私といっしょに沈黙と瞑想を感じていたら

まだ生きていて、これまで以上に生きていたら

怖がることはない



それをさまざまな状況のなかで試してみるがいい

そうすれば、それはつねに大いなる治癒の源泉

大いなる安泰の源泉

大いなる知恵の源泉

生とその神秘への大いなる洞察の源泉だ

ということが分かる



インドの神秘家和尚OSHO

講和集 The Golden Future You

より抜粋
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