海を見続けるだけで釣れる魚。その名も「ヨユ魚」

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今日じつは母の誕生日なんです。プレゼント何がいいかな~?

いつ:2022年7月2日16時半
どこで:ダイニング
誰と:1人

はい、どうもカシスでーす。来てくれてありがとう!
タイトル見ても意味わからんでしょ?私もですよ。
うそうそ。ちゃんと意味あるネーミングですぅ。
本日のブログ第2弾ということでやっていきましょー。

その場のノリでなにかを始めたはいいが、どこかで限界が来る。
そんな経験、読んでくださっている皆さんもしたことあるんじゃないでしょうか?今回は「継続」と「余裕」をテーマに自由に語っていこかなと思います。

継続が得意な人たちは「努力の天才」と呼ばれ、スタート時点では圧倒的な存在だった才能あふれる「天才」たちを追い抜くことだってあるという...!

前者は悟空、後者はベジータのような人たちなんでしょうね。いや待て、安直すぎる。彼らはどっちもだ。サイヤ人という戦闘に長けた集団でかつあそこまで修行し続けたんだ。最強じゃねーか(ドラゴンボール知らない人ごめんね)。

話を戻しますが、やっぱり継続は簡単なことではない。だって疲れるじゃん。
私を含め多くの人は、楽できるならしたいと思ってしまう。でもそれは別に悪いことじゃない。進化の過程で体力・精神力を効率的に使えるようになったという証だと思うんですよ。生物学の知識はありませんが、そんな気がします。

エネルギーを効率的に使えば余裕が生まれる。余裕が生まれたから娯楽などの文化が栄えたんだと思います。文化のおかげで争いを防げたケースも多いんじゃない?そして文化も今日まで存続しているものもあれば、様々な要因で歴史の渦に消え果てしまった悲しいものもきっとある(この辺は文化人類学の分野かな?)。

つまりなにが言いたいのかというと、「継続」と「余裕」はどちらも大事なんだということ。片方だけじゃダメ。何かを継続しないと行き当たりばったりの不安定な生活を強いられて生存確率下がるし、余裕がないと予測できない不確実に直面したときに崩れ落ちやすい。極端な話だけどね。

継続しているから余裕が生まれ、余裕があるから継続できる。
どっちが先かはわからない。にわとりと卵の関係。

今回はこの辺でいいかなーって思ったけど、最後に私個人の話をしますね!
最近、めちゃくちゃ竹芝桟橋いくんですよ~。
週2以上のペースで、授業の合間に。
何しに? 海を見に、たったそれだけ。

海を見ると、いったんインプットの時間が終わってアウトプットの時間が始まるんです。ケータイをずっといじると情報の過剰摂取でオーバードーズ。
ケータイを鞄にしまって、海を背景にその日あった出来事や将来についてぼんやりと歩きながら考える余裕も大切な気がします。

私はその余裕を敢えて継続しています。だって嫌にならないんだもん。
誰かから強制されたら好きなものでも嫌になってしまいますよね?
それと同じで、何かを継続するにあたって自分自身による能動的な選択を心がけるべきだと思います。

最初は好きなこと、楽なことからでもいい。私の竹芝通いのように、自らの意志で続けてみること自体が重要です。その経験を積んでいけば、ゆくゆくは皆ができないような辛いことも余裕で継続できるようになると私は信じたい。

きっと、努力の天才は「余裕ある継続」の体現者なんでしょう。そこまで立派になれるとは限りませんが、これからの人生で身に付けておいて損はない気がします。

最後まで見てくださりありがとうございます。長いですよね(笑)
ここまでくるともう余裕ないのでおしまい。バイバーイ!
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