noteにネガティブなことを書いてOK!

noteにネガティブなことを書いてOK!

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noteを毎日投稿して、今日で1,150日以上が経過しています。

最初は「誰かを元気づけよう」「役に立つ情報をお届けしよう」と意気込んでいました。有益な記事を書かなければ、読む価値がない。そんな思い込みが、いつの間にか自分を縛っていたのです。
でもそのうち、その枷がつらくなってきました。

「今日も有益な情報を書かなければ」というプレッシャーを抱えながら書く記事は、どこかぎこちない。力が入りすぎて、言葉が硬くなる。そうして書いた記事より、ふと正直な気持ちを綴った記事の方が、温かい反響をいただくことに気づきました。

心のひだをズームアップしたような、率直な投稿の方が、人の心に届くようでした。

有益さより、正直さが届くことがある

有益さは確かに大切です。読んで何かを得られる記事には、それだけの価値があります。

でも「有益な情報を入れなければ」という意識が強くなりすぎると、書き手の体温が失われていきます。情報は正確だけれど、なぜかのっぺりとした印象の文章になる。読んだあとに何も残らない記事は、たいていこの状態です。

一方で、「今日はなんだか落ち込んでいる」「うまくいかなくて悔しい」という正直な気持ちを綴った記事は、読んだ人の中に静かに残ります。
なぜでしょうか。

読んだ人が「自分だけじゃないんだ」と感じるからです。完璧な情報より、不完全な本音の方が、人の孤独に触れることがあります。

ネガティブなことを書いてはいけないは、思い込み

もしあなたが「noteにネガティブなことを書いてはいけない」と思っているなら、それは違います。
noteには何を綴ってもいいのです。

今感じている葛藤、うまくいかない日の正直な気持ち、誰かへの怒り、自分への失望。そういったものを率直に書いていい。むしろそういうものを書ける場所として、noteは機能しています。

キラキラした成功談だけが並ぶSNSに疲れた人が、noteに来ます。完璧ではない誰かの正直な言葉を求めて、ページを開きます。あなたの揺らぎは、その人たちへの贈り物になりえます。

バイオリズムは、誰にでもある

誰でもバイオリズムがあります。

好調がずっと続くのは、むしろ不自然です。上がって下がって、また上がって下がる。それが人間の自然なリズムです。
そのリズムの中で、今の自分の状態を内観しながら記事を書く。調子がいい日は勢いよく書けばいい。落ちている日は、その落ちている感覚をそのまま言葉にすればいい。

書けない日に「今日は書けない気分です」と正直に書くことも、立派な一記事です。そこには「書けない自分と向き合っている誰か」の姿があります。その姿に共鳴する人が、必ずいます。
揺らぐからこそ、人間です。

あなたの揺らぎを見て、ほっとする人がいる

あなたが揺らいでいる姿を見て、ほっとする人が必ずいます。
「あの人も揺らいでいるんだ」という発見が、誰かの「自分も揺らいでいていいんだ」という許可になる。あなたの不完全さが、誰かの自己受容を助けることがあります。
これはnoteという場所が持つ、静かで深い力です。
有益な情報を提供することだけが、書き手の仕事ではありません。正直に今の自分を晒すことも、誰かの役に立つ行為です。

noteへのハードルを下げよう

noteへのハードルを下げることで、これから書ける幅がさらに広がります。
「完璧な記事を書かなければ」「有益な情報がなければ投稿できない」——そういった思い込みを手放したとき、書くことが楽しくなります。書くことが楽しくなると、続けられるようになります。続けることで、あなた固有の声が育っていきます。

あなたは揺らぐくらい真摯に生きています。

その真摯さが、言葉に体温を与えます。そしてその体温が、誰かの心に届きます。

今日も、正直な言葉を綴ってください。

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