ちゃぶ台日記Vol.10 ~届けとは思ってない。けど、言葉にはしておく~
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コラム
今日も唐揚げ弁当に慰められていた。
気づけば完食。
真っ白なごはんの上にパラパラと散らされた真っ黒なごま塩。
それだけで、おなかも心も十分満たされる♪
なかなか伝わらない気持ちを背負いながら、「相手が抱える問題を自分のこととして引き受けなくてもいい」。
そう言い聞かせながら、大きな唐揚げをひと口、またひと口。
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好きな人がいて。
気になる人がいて。
その気持ちはよくわかる。
だけど、
「この人がダメなら次」
「次もだめなら、また次」
それはもう、愛や恋じゃなくて――
“自己肯定感の穴埋めゲーム“です。
「誰でもいい」
そこそこ可愛くて、自分好みならそれでいい。
そんな気持ちで 人に近づいたって、
誰の心にも届かない。
愛は“この人じゃなきゃ“って思える瞬間に、初めて芽を出すもの。
「自分を受け入れてくれる誰かを探す旅」が
いつの間にか
“人を踏み台にしてでも進むゲーム“になっていたら――
本当のつながりなんて、きっと見つからない。
恋でも愛でもないもの。
それはたとえば…
・ただの執着
・依存
・暇つぶしのやり取り
・人を道具みたいに扱う心
相手の気持ちをうかがう前に、
まずは自分の心に目を向けてほしい。
恋って、自分勝手なところもあるけれど、
どこかに、清らかさがあると思う。
自分の寂しさの隙間を埋めようとする、恋のような感情なら
それは、ただの**感情の埋め合わせ**。
どれだけ届けようと思っても、きっと届かない。
もし、受け取ってもらえるとしたら――
それはきっと、
心からの感動として相手の中に残った時だけ。
◌◍┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.·
今じゃなくてもいい。
でも、気づいてください。
そのつらさも、悲しさ、苦しさも――
自分の行動が引き起こしているかもしれないことに。
その気持ちは“愛”じゃないかもしれません。
本当に誰かを想う時って、相手を大事にしたい、幸せを願いたいって思えるものだから。」٩(๑• -๑)۶♥️