最後の納豆

最後の納豆

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僕は納豆が苦手です。

おいしいことは承知しています。食べたことがないわけではなくて、いままでの人生の中で、付き合上、食べざるを得ない状況に追い込まれ、そして、食べた、っていうことは何度かあります。勇気を出して食べた何度か・・その、何度かのたびに、おいしい、と僕は納豆に、思うのでした。しかし最後の、あの納豆だけは、おいしいとは思えませんでした。18年くらい前のことでした。

人は失敗から学びます。失敗からしか学べないと言ってもいいと思います。人生最後の納豆を口にしたときの、あの出来事は、あの歯医者を選んでしまった僕の失敗が招いたことです。自分は未熟だったのです。

なぜ、その歯医者を選んでしまったのか。そして、その歯医者でどのような治療を受けていたのか。それは、省きます。その話は、かなり長くなってしまうからです。

その歯医者の受付のカウンターは、作り付けの本棚にもなっていました。本棚越しに、受付のスタッフさんと応対する形になっていました。

カウンターと向かい合うように、診察を待つ人のための長椅子があって、長椅子に座ると、本棚に並ぶ本が目に入ります。その中の、ひとつの文庫本のタイトルが、僕の目を毎回、引きました。『清潔はビョーキだ』

まあ、そうかもしれないな、と、本を手にして中を見ることなく、僕は思ってはいました。清潔の行き過ぎは、心も体も、免疫力を弱めることに繋がる、と、ぼんやり、誰にでも浮かぶようなことを、頭に浮かべてはいました。

が、しかし、ここは歯医者なのです。

ここの歯医者の先生は、手袋をしませんでした。そして先生の手は、臭いました。さっきまで、食事をしていたかの、そんな臭いが先生の手から、毎度感じられたのでした。口と鼻は喉の奥を経て、通路のように繋がっていますから、僕の口に突っ込まれた先生の手は、今さっきまで何を召していたのか、手に取るようにわかりました。大体が、魚でした。魚、食べてたんだな、と分かることが多かったのですが。

とあるその日は、納豆でした。

ちょっと待てと・・言いたくても言えませんでした。納豆は、苦手です。臭いがダメなのです。その臭いがついた手で、先生は僕の口の中をいじり続けていました。先生が、今さっきまで食べていて、そして手に付着した納豆の名残が、僕の口に押し込まれていたのです。

僕は耐えていました。気持ちは耐えようとしていても、自然と胃液が、せりあがるのが分かりました。吐きそうだったのです。もうだめだ、トイレにいくしかない、と、手をあげ、先生の手を止めようと決意する、その瞬間に限って、先生は、丁度そのタイミングで、僕の口から手を引くのです。それは救われたと、というより、再びの、救われない時に向かってのインターバルにすぎませんでした。

あれが僕の、最後の納豆でした。

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