降ろしてもいい朝の荷物

降ろしてもいい朝の荷物

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長く続けてきた仕事に、重みを感じられない朝があります。嫌いになったわけでも、投げ出したいわけでもないのに、机の前に座った瞬間に手が止まる。あの朝の感覚を、私は何度もご相談のなかで伺ってきました。

そういうとき、多くの方は「もっと気合いを入れよう」「新しいことを学ばないといけない」と、何かを足そうとされます。けれど波動を見せていただくと、足りないのではなく、積みすぎているように感じられることが少なくありません。長く続けた年月のぶん、荷物も静かに増えていきます。重みが感じられないのは、軽くなったからではなく、重すぎて感覚が麻痺しているのかもしれません。

ですから今朝は、何も足さなくて大丈夫です。降ろす側から見ていきましょう。

まず、やらなくていいことがあります。「なぜ熱が冷めたのか」を今すぐ突き止めることです。原因探しは、冷めた自分を責める作業に変わりやすいものです。理由が見つからないまま続けてよいのです。続けている事実のほうが、理由よりずっと確かだと私は感じます。

次に、手放していいものがあります。昔の自分の熱量を基準にすることです。始めた頃の高揚は、慣れていなかったから生まれたものでもあります。熟れた手つきで静かにこなせることは、衰えではなく変化です。同じ温度でなければならない理由は、どこにもありません。

それから、「この仕事が好きかどうか」を毎朝確かめる習慣も、少し休ませてあげてください。長く続いた関係に、毎日の情熱の確認を求めなくてよいのです。確かめようとするほど、答えは濁っていきます。

もうひとつ降ろせるものとして、「誰かにわかってもらう」という期待があります。年月の重みは、外から見えにくいものです。見えないから軽いわけではありません。わかってもらう前提を一度外すと、ずいぶん息がしやすくなる方がいらっしゃいます。

そして、今日の判断を今日しなくてよいのです。続けるか辞めるか、形を変えるか。重みを感じられない朝は、決断に向いていません。感覚が戻ったときに決めれば十分でしょう。保留は怠けではなく、守りのひとつです。

こうして降ろしていくと、残るものがあります。それは、ただ今日の分を淡々とやる、という小さな動きだけかもしれません。意味も実感も伴わないまま、それでも手を動かした日のことを、後から振り返って「あれが支えだった」とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。重みは、感じている最中には見えず、過ぎてから形になるものなのでしょう。

今朝、何も感じられないのは、何かを失ったからではないかもしれません。長く続けてきたものが、感情を必要としない深さまで降りただけ、という見方もできます。そこまで来た方にしか起こらないことです。

ご自身の荷物のうち、どれを降ろしてよいのかを一緒に見ていくこともできますので、もしよろしければプロフィールページをのぞいてみてください。
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