許せない人を、思い出さない練習はしなくていい

許せない人を、思い出さない練習はしなくていい

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ふとした瞬間に、あの人の顔が浮かんでしまう。台所に立っているとき、信号を待っているとき、眠る前の暗がりで。忘れたはずなのに、自分の意思とは関係なく戻ってきて、そのたびに少しだけ胸が重たくなる。そんな夜を過ごしている方が、この記事を開いてくださったのかもしれません。

まず最初に、降ろしていただきたいものがあります。それは「思い出さないようにしよう」という努力です。

思い出したくないものほど、心は律儀に握り続けます。「考えないでおこう」と決めた瞬間、心はその人をもう一度確認してしまいます。ですから、思い出してしまうことは、あなたの心が弱いからでも、まだ執着しているからでもありません。ただ、記憶というものがそういう仕組みで動いているだけです。浮かんできたら「あ、来たな」とだけ思って、そのまま通り過ぎるのを待って構いません。追い出そうとしなければ、多くの場合、思ったより早く静かになっていきます。

次に手放してよいものは、「許さなければならない」という宿題です。

許すことは美しい行いとして語られますが、期限を切って自分に課すものではありません。まだ痛みが残っているのに無理やり許そうとすると、心は二重に働くことになります。傷を抱えたまま、その傷をなかったことにする作業まで引き受けてしまうからです。私が視させていただく中でも、「許せない自分」を責めている方の波動は、出来事そのものよりも、その自己批判のほうが重く沈んでいることが少なくありません。許せないままでいて構いません。許すか許さないかを、今日決める必要はどこにもないのです。

三つめに降ろしていただきたいのは、「理解しよう」とする作業です。

なぜあの人はあんなことをしたのか。どういうつもりだったのか。何度も考えてしまうのは、あなたが誠実な方だからです。筋を通したい、納得したい、という気持ちがあるからこそ、答えの出ない問いを抱え続けてしまいます。けれども、相手の内側は相手のものであって、こちらがどれだけ丁寧に推し量っても、正解は手渡されません。分からないまま置いておく、という選択があります。それは諦めではなく、自分の時間を自分に返す行いだと私は考えています。

そして、もうひとつ。「この気持ちを誰かに分かってもらわなければ」という思いも、少し緩めていただけたらと思います。話して軽くなるなら、どうぞ話してください。けれども、話すたびに出来事を再生して、また傷をなぞってしまう時期もあります。そういうときは、誰にも言わずに抱えている自分を、隠していると責めないでいただきたいのです。

では、何をすればよいのでしょうか。何もしなくて大丈夫です。

あの人のことが浮かんだら、そのまま浮かばせておいて、手元のことに戻る。お茶を淹れる、洗い物をする、窓を開ける。そうやって「今ここ」に体を置き直すことだけで、心は少しずつ自分の場所を取り戻していきます。時間が経つというのは、忘れることではなく、その記憶が占める面積が静かに小さくなっていくことでもあります。

あなたはもう、十分に耐えてきました。これ以上、何かを背負い足す必要はありません。

もし、ご自身の中で今どんなことが起きているのかを一緒に見つめてみたくなったときは、プロフィールページをのぞいていただけましたら嬉しく思います。
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