許せない人が、ふとよぎる夜に

許せない人が、ふとよぎる夜に

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九月の半ばを過ぎると、夕方の風がふいに涼しくなって、蝉の声のかわりに虫の音が聞こえてくるようになりました。空の高さも変わります。夏のあいだ、あんなに濃かった雲が薄く引き伸ばされて、日が落ちるのもずいぶん早くなりました。

自然というのは、こちらの都合とは関係なく移り変わっていきます。今日で夏を終わりにしましょう、と誰かが宣言するわけでもなく、気づいたときには次の季節の中にいます。境目は、後ろを振り返ってはじめて見えるものなのかもしれません。

そんな夕暮れに、ふと、思い出したくない人の顔が浮かんでくることがあります。

何年も前のことなのに。もう関わっていないのに。あの言葉、あの態度、あのとき自分が飲み込んだもの。台所で洗い物をしているとき、信号を待っているとき、布団に入って目を閉じたとき。前触れもなくやってきて、胸のあたりがざわりとします。

そして多くのかたが、そのあとに自分を責めます。まだ引きずっている自分は心が狭いのではないか、いい加減に手放さなければいけないのではないか、と。

けれど、私が鑑定でそうしたお話をうかがうとき、波動の流れとして感じるのは「こだわり」よりも「未完了」に近いものです。あのとき言えなかったこと、示されなかった謝罪、間違っていると声にできなかった気持ち。それが宙に浮いたまま、行き先を見つけられずにいる状態です。

痛みが消えないのは、あなたが弱いからではないように感じます。むしろ、あなたの中の「これはおかしい」という感覚が、まだきちんと生きているということなのだと思います。その感覚が死んでいたら、思い出しもしないはずです。

ですから、無理に許そうとしなくていいのではないでしょうか。

許しというのは、頑張って達成する課題ではなく、季節の移り変わりに近いものだと私は感じています。ある日ふいに、あの人のことを考えている時間が減っていたと気づく。その程度の、静かな変化です。宣言して切り替えるものではありません。

かわりに、よぎってしまった日にできることをひとつだけお伝えします。

それは、浮かんできた記憶を追い払わずに「ああ、今来たな」と名前をつけてあげることです。追い出そうとすると、かえって居座ります。来たことを認めて、そのまま洗い物を続けてみてください。感情は、抵抗されないと案外早く通り過ぎていきます。

そしてもうひとつ。その記憶がやってくる時間帯に、傾向はないでしょうか。疲れている夜、予定の少ない休日、誰とも話さなかった一日の終わり。心の余白が大きいとき、置き場のないものが浮かび上がってきやすくなります。であれば、向き合うべきは過去ではなく、今のあなたの消耗のほうかもしれません。

季節が変わっても、木は去年の傷をつけたまま育ちます。傷を消してから伸びるのではなく、傷ごと太くなっていきます。あなたも、あの出来事をなかったことにしなくていいのだと思います。

あの人を許せないまま、あなたが穏やかでいることは、両立します。

もし、その記憶がどうして今のタイミングで浮かんでくるのか、ご自身の波動の流れとして知りたくなったときは、プロフィールページからお気軽に覗いてみてください。
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