家が広く感じる、あの日から

家が広く感じる、あの日から

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鑑定の場で、こんなご相談をいただくことがあります。長く一緒に暮らした子を見送ったあと、しばらく経ってから「どうも家が広すぎる気がする」とおっしゃるのです。引っ越したわけでも、家具を減らしたわけでもありません。それなのに、廊下が長く感じる。ソファの片側が空きすぎている。台所に立っていると、足元が静かすぎる。そんなふうに、空間そのものの寸法が変わってしまったように感じる、と。

同じようなお話を、季節をまたいで何人もの方からうかがってきました。ですので、これはどなたか特定の方のお話ではありません。よくある場面として、私の中に残っている風景です。

そのときに私が感じ取るのは、悲しみそのものというより、体が覚えている段取りのほうです。玄関で鍵を回す前に一拍おく癖。買い物かごに手が伸びかける棚の位置。夜、電気を消す前に部屋を見渡す順番。人の暮らしというのは、思っている以上に相手の輪郭に合わせて折りたたまれています。その折り目が、まだそのまま残っているのです。だから広く感じるのだと思います。空白があるのではなく、そこにぴったり収まっていたものの形が、床や空気のほうにまだ記憶されている、という感じでしょうか。

波動として見ていくと、こういうお宅はたいてい、冷えているのではなく、あたたかいまま止まっています。よく誤解されるのですが、静けさは冷たさではありません。むしろ、湯が沸いたあとの鍋がしばらく熱を持っているのに近い状態です。時間が経つほど空虚になる、というものでもないように、私には見えます。

それから、これはお伝えすると少し驚かれることが多いのですが、家が広く感じるという感覚が出てくるのは、多くの場合、いちばん激しい時期を通り過ぎたあとです。ずっと気を張っているあいだは、部屋の広さを感じる余裕もありません。広さに気づいたということは、少し息ができるようになったということでもあります。もちろん、楽になった、という意味ではありません。ただ、感じる力が戻ってきている合図として受け取っていただいてよいと思います。

私は、その広さを急いで埋めなくてよいと考えています。新しい子を迎えるかどうか、道具をしまうかどうか、写真を飾るかどうか。どれも、決めるのは今日でなくてかまいません。決められないでいる時間そのものが、その子とまだ一緒にいる時間だという方もいらっしゃいます。どちらが正しいということはありません。

もし今、ご自宅が少し広く感じられているのなら、どうかご自分を責めないでいただきたいのです。立ち直りが遅いわけでも、引きずっているわけでもありません。長く一緒にいた分だけ、暮らしの折り目が深いというだけのことです。その折り目は、時間をかけてゆっくり伸びていくものですし、完全には伸びきらないまま、それでも日々が続いていくこともあります。それも、おかしなことではありません。

もう少し具体的にご自身の状況を見てみたいと思われましたら、プロフィールページもご覧いただければうれしく思います。
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