「生活レベル下げたくないんだよね」

「生活レベル下げたくないんだよね」

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占い
ちょうど子どもが一歳を迎えた頃。

お互い育休中で、
仕事復帰を控えていたママ友と

「子ども保育園預けるの
ちょっと寂しいよね〜」

なんて話をしていたら、
ママ友が

「でも、生活レベル
下げたくないんだよね」

ってサラッと言ったので
“えっ?”てなった。

確かに、私自身も
“生活のためにはお金が必要”
と思うからこそ
仕事復帰を選んだはず。

だけどそれは、
“今お金がないから働かなきゃいけない”
という謙遜と自己犠牲の意識からくるもので

「生活レベル下げたくない」
という言葉に含まれる
ニュアンスとは明らかに違った。

✳︎

好きなものを買ったり
好きなところに遊びに出かけたり
自由にできる心の余裕を持ちながら
家族で心地よく暮らしたい

紐解けば、
わりと誰でも思っているようなこと。

でも「生活レベル下げたくない」
という言い方をしてしまうと、

『今も、満足な生活水準にいます』
『贅沢を続けたいです』

というマウントにも取られかねないのでは?
と咄嗟に感じて私はヒヤッとした。

だけど、彼女から悪意は感じなかった。

もしマウントの意図があるなら、
幸せな様子そのものを
アピールしたがるはずで、

幸せになるための、努力など見せない。
「下げたくない」なんて
泥臭い言葉は選ばないはずだ。

だから彼女は、
「自分が望む生活のために努力する」と

私との信頼関係のもと
自分を卑下することなく、
率直に伝えてくれただけだろう
と、私は想像した。

✳︎

私がこの発言に
なぜ衝撃を受けたのか
今なら分かる。

当時の私には、
『簡単に幸せになっちゃいけない』
という思い込みがあったのだ。

だって、努力しても努力しても
ぜんぜん幸せになれなかったから。

人は、自分の思い込みに
一貫性を持たせ、
矛盾がない行動を取ろうとする。

だから私は、
それなりに豊かに暮らしていたのに

“自分なんてまだまだ”と謙遜し、
幸せをわざと手の届かない場所に置いた。

そして、そこに到達するためには
過度な自己犠牲が必要だと
決めつけていた。

だからこそ、彼女の
ほんとーに何でもない発言が

『今も、満足な生活水準にいます』
『贅沢を続けたいです』

と、まるで私の在り方を
責めるかのように刺さった。

そして、
その違和感しかない彼女の在り方は

『今も幸せだし』
『幸せでい続けるために努力する』

と堂々と生きる姿勢のことだと
曲解しw

“そんな風に生きていいのか!”
と衝撃を受けたのだ。

12年ぶりにこのことを
思い出したわけだけど、

何気ない言葉が引っかかるときは、
自分の中に反応の種があるんだなって
改めて思ったし、

今の私は、どんな状況に置かれても
『今も幸せだし』
『幸せでい続けるために努力する』
と言える自分でありたいと
心から願っているので、

ちゃんと反応の種を拾って育てて、
私が曲解した彼女の在り方を
素直に採用して良かったなと思っている。
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