【落ち込むことで訓練される】
記事
学び
日常的スピリチュアル、安田です。
落ち込むことは
誰でも避けたいのですが
私たちの感情は
一定を保っていけないので
落ち込むことを
避けることはできません。
どんなことにも
バイオリズムがあって
バイオリズムによって
バランスが維持されています。
上がったら下がる
下がったら上がることで
一定のリズムが
保たれているのです。
なので
落ち込むことで
感情のバランスが
維持されているのです。
常にヤル気があって
モチベーションがあって
基準高く歩みたいのですが
この理屈の通りに
いかないのが
感情なのです。
落ち込むというのは
違和感、居心地の悪さを
感じるようになるので
避けたくなるのですが
必要な感情なので
感じているのです。
違和感、居心地が悪いと
悪いことのように
捉えてしまうのですが
悪いことではないのです。
むしろ、生みの苦しみを
感じることができるので
古い自我を壊すことができ
新しい自我が目覚めるのです。
調子が良いときというのは
誰でも容易に歩めるのですが
常に調子が良いのではないので
調子が良くないときに
どう歩めるかなのです。
落ち込んでいる時に
どう歩むかによって
訓練されるか、されないかの
分岐点になっていきます。
落ち込んでいても
やるべきことができていれば
何の問題もありません。
色々な思いが
湧き上がってきても
やるべきことが
できていればいいのです。
ヤル気が出なくても
モチベーションが
上がらなくてもいいのです。
訓練というのは
負荷がかかるのです。
負荷をかけなければ
訓練になりません。
落ち込むことで
感情の限界を
感じることができるので
負荷をかけた歩みが
できるようになります。
限界を感じるというのは
限界基準が近いということです。
限界基準が近いことで
生みの苦しみを感じることができ
転換することができます。
落ち込んでも
歩み続けていくには
習慣、体質にしていくことが
必要なのですが
習慣にするには三週間かかり
体質にするには八週間かかります。
習慣、体質にすれば
どんな感情になっても
やるべきことができます。
訓練の土台になるのが
習慣にすることであり
体質にすることなのです。
努力の習慣、体質が
身についていれば
無意識に努力を
続けることができるのです。
感情を乗り越えた
歩みにしていくには
習慣、体質の土台が
必要なのです。
落ち込んでいても
やるべきことができていれば
落ち込むことに
脅威を感じなくなります。
私たちの感情というのは
常に不安定なのです。
一定の感情を
維持することはできないので
感情の上がり下がりに
振り回されてはいけないのです。
落ち込んでいるときこそ
訓練されるのであり
その訓練によって
免疫を身につけることができ
自信を感じることができます。
落ち込むことを
無理に避けようとしないで
落ち込んでいる中でも
歩めるように訓練してください。
「訓練」という単語だけを
覚えておけば
どんな感情になっても
訓練と捉えることができ
感情に左右されることなく
やるべきことができます。
訓練というのは
現実的な歩みであり
努力なのです。
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動が基本的な
努力なのですが
落ち込んでいても
基本的な努力ができていれば
訓練された歩みができています。
この訓練された歩みによって
成長することができ
成長欲求を満たすことができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌