私は、人間は感情があるからこそ、間違えることがあるのだと思っています。
もちろん、感情そのものが悪いとは思いません。
感情があるから、人は恋をし、笑い、作品を生み出すことができる。
でも、その感情が判断そのものになってしまうと、時に大きな間違いを生むことがあります。
身近な人間関係から、歴史に残るような争いまで。
理屈では説明しきれない出来事の背景には、いつも人間の感情があるように感じています。
そして、それは私自身も例外ではありません。
だから私は、迷うとタロットカードを引きます。
未来を当ててもらうためではありません。
私にとってタロットカードは、
感情を持たない第三者だからです。
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人に相談することも好きです。
経験から生まれる言葉には、人にしかない温かさがあります。
でも、人のアドバイスには、その人自身の経験や価値観が必ず含まれます。
成功した経験は、「やってみたら?」と言いたくなります。
苦しかった経験は、「やめておいた方がいい。」と言いたくなります。
そして時には、自分でも気づかないまま、
「こうしてほしい。」
という願いが混ざることもあります。
もちろん、それは悪いことではありません。
人間なのだから、ごく自然なことです。
人を大切に思うからこそ、そうなるのだと思っています。
そして、それは私自身も同じです。
だから私は、一度カードを挟みます。
カードが正しい答えを知っているとは思っていません。
でもカードを見ることで、
「私は今、何を恐れているんだろう。」
「本当は何を望んでいるんだろう。」
と、自分自身を少し俯瞰できる気がするのです。
答えを探しているのではなく、問いを見つけているのかもしれません。
私にとってタロットは、
未来を当てる道具ではなく、
自分の感情と少し距離を置くための道具なのだと思っています。
誰かに「わかってほしい」と思うときは、私は人に相談します。
自分の考えを整理したい時は、カードを引いてみます。
私にとっては、そのくらい、役割が違います。
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もう一つ、自分の中で決めていることがあります。
それは、
依頼者以外のリーディングはしないこと。
もちろん、ご相談いただいた方のカードは読みます。
でも、その悩みの相手や第三者を、勝手に占うことはしません。
理由はとても単純です。
私自身が、勝手に占われたくないからです。笑
これは完全に、私なりの倫理観です。
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私が初めてタロットカードに出会ったのは大学時代でした。
美術部で一緒だったアメリカ人の友人が、趣味でタロットカードを持っていて、よく占ってもらっていました。
彼女の家では、タロットカードがあることは特別なことではなく、とても自然なことだったそうです。
その話を聞いて、タロットは「占い」というより、一つの文化なのだと知りました。
その頃から興味を持ち、自分でもカードを買い、
触る時期も、まったく触らない時期もありながら、今日まで付き合ってきました。
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思い返すと、当時の私はソードばかり出ていました。
今思えば、とても納得です。
当時の私は、
「論理的に正しいことが正しい。」
そう信じていました。
他人にも、それを求めていました。
今よりずっと尖っていたと思います。
あの頃のカードは、
「少し考えすぎですよ。」
「少し力を抜いて。」
そんなことを教えてくれていたのかもしれません。
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だから今でも、迷うとカードを引きます。
そして最近、
「この面白さを、誰かとも共有できたらいいな。」
と思うようになり、ココナラでタロットを始めました。
私は霊感がある占い師ではありません。
未来を言い当てることよりも、
一緒に考えることを大切にしています。
もし今、
何か迷っていることがあるなら。
一度、自分の感情と少し距離を置いて考える時間を、一緒に作ってみませんか。
その時間のお手伝いができたら、とても嬉しく思います。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。