居酒屋夜話|この店に暦がある理由

居酒屋夜話|この店に暦がある理由

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占い

カウンターの端の暦


うちのカウンターの端に、
暦が一冊置いてある。

日めくりやなか。
分厚うて、角が丸うなって、
書き込みだらけの古かやつたい。

客はたいてい気づかん。
皿と徳利の陰に隠れとるけんな。

たまに気づいた人が言う。
大将、それ何ね。

今日はその話ばしようかな。

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全部なくした年


おいが30の時、全部なくした。

もともと、この商売たい。
若か頃から居酒屋ばやりよった。

ばってん店にのめり込んで、
家に帰らんごとなって、
嫁に出ていかれた。

そのうち店も回らんごとなって、畳んだ。
借金だけが手元に残って、自己破産した。

そのあとしばらく、
昼間から公園のベンチで
缶チューハイば飲みよった。

やることがなかったけんやなか。
やることから逃げとっただけたい。

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公園のベンチのじいさん


ある日、痩せたじいさんが隣に座った。

座るなり、おいの持っとる缶ば
指さして言うた。

それ、逃げの酒やろ。

カチンときた。
関係なかろ、て返した。

そしたらじいさんが、こう言うた。

関係なか。
ばってん、その顔は昔のおれに
そっくりたい。

あとで分かったことばってん、
そのじいさんは、
おいが畳んだ店の常連やった。

カウンターの隅で、
いつも黙って飲みよった爺さんたい。
おいは顔も覚えとらんかった。

そのじいさんも昔、全部なくした人でな。
そこから暦と方位で立て直して、
今は静かに暮らしよると。

教えたるけん、毎晩うちに来い。
それが月謝たい。

それが10年の始まりやった。

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十年、暦ば書き写した


最初の3年は、さっぱり分からんかった。

じいさんは理屈ば先に教えん人でな。
今日はこっちに歩け、としか言わん。
なんでですか、て聞いても、
歩いてから聞け、で終わり。

昼は不動産屋で働いて食いつないだ。
宅建も取った。
人と家がどう動くかは、
そっちの現場でも見てきたことたい。

夜は閉店後のカウンターで、暦ば広げる。
そういう10年やった。

4年目くらいに、やっと分かってきた。

じいさんが見とったとは、
当てることやなかった。

順番たい。

どっちに先に足ば出すか、いつ出すか。
その順番ば決める道具として、
暦と方位ば使いよった。

あんたが転んだとは運が悪かけんやなか。動く順番が雑やっただけたい。

いっぺんだけ、そう言われたことがある。
おいはそれで、自分が何ば間違えたか、
やっと分かった。

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暦は、人生の仕込みの表


九星気学ていうとは、大げさに言えば、
人と時と方角の相性ば並べた
古か統計たい。

こういう時にこう動いたら転びやすかった。
こういう時はうまくいきやすかった。
昔の人がそれば延々と積み上げて、
整理したもんばい。

2000年か、それ以上か。
数えた人はおらん。

だけん、魔法やなか。
占いというより天気予報に近か。

明日は雨らしか、と分かったところで、
雨は止められん。
ばってん、傘ば持って出るか、
予定ば一日ずらすかは決められる。

それだけのもんたい。
それだけのもんが、
迷うとる人間にはでかか。

料理と一緒でな。
仕込みば済ませとる日と、
済ませとらん日とでは、
同じ注文が入っても店の回り方が変わる。

暦は、人生の仕込みの表みたいなもんばい。

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また、店ば持った


10年経った頃、じいさんが言うた。
そろそろ店ば持て、と。

なんでまた居酒屋か、て聞かれることがある。
おいはそれしか知らんけん、としか言えん。

カウンターの内側から人ば見る。
それがおいの立ち位置たい。

今の店は、場所も、開ける日も、
おいが暦で決めた。

だけん続いとる、とまでは言わんばい。
続いとる理由の大半は、
たぶん、ただの意地たい。

ばってん、迷うた時に決める順番があると、
動くまでが速か。

あん時のおいに足りんかったとは、
才能やのうて、それやった。

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カウンターの端の暦は、
じいさんが死んだ後に出てきたもんたい。

中に、おいの生まれた日が書き込んであった。
何年も前の日付でな。

あのじいさんは、公園で隣に座る前から、
おいのことば調べとったことになる。

その話は、また今度な。

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この店は、料理より占いがうまか居酒屋たい。
その順番だけは、いつまで経っても直らんとよ。

あんたも、今日の一杯目ば飲む前に、
明日どっちに歩くか、
ちょっとだけ考えてみてくれんね🌙

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この店の鑑定について


おいは九星気学と暦で、
あんたの動く日と方角ば読んどる。
品書きは三つだけたい。

まずは行き先と日取りだけ知りたか人へ。

ひと月まるごと、動く日と避ける日ば並べたとがこっち。

半年先まで、流れごと一枚の地図にしたとが本命たい。

どれにするか迷うたら、
いちばん上のからでよか。

方角がひとつ決まるだけでも、
足の出し方は変わるけんな。


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