私は「超」が付く程の「自分好き」である。自分のことを好き過ぎて、周囲の人々に引かれるのは最早、私の日常の一部になっている。そんな訳で、暇さえあれば自分の書いた文章や、自分が台本を書いたYouTube動画などを見返して悦に入っているのだ。
そういった私の「性癖」とも言うべき自分好きは、しばしば妻に面白がられる原因になっている。妻は、そうやって自分好きの行動を繰り返す私に、よく「本当に有人さんは自分のことが大好きなのね」と苦笑いをしているが、妻は妻で、やはりなかなかの自分好きなのではないかと私は思っている。
妻も私も、割と自己肯定感は高い方だと思う。私と言えば、「流石オレだ」という台詞が口癖だし、妻も時折、自分責めをしていると私に言って来るが、その実、よく自分のことを褒めたりしているし、そんなに責めてないやん、と私は思う訳だ。
こうした考え方は、見る人が見れば、「ナルシスト」「自分大好きの自己中」と言われるのかもしれない。しかし、今のような、皆が自分に厳しく、また他人にも厳しい時代にこそ、こういった「自分好き」という考え方、或いは自分のことを好きという感覚が大切なのではないかと、私は思う。
人生において、一番身近で、ずっと傍にいる存在、それは紛れもなく自分自身である。その自分自身のことを嫌いだったら、それはとても辛い人生になると思う。何しろ、ずっと傍に嫌いな人がいる訳だから、それは楽しい訳がなかろう。
自分のことを好きなら、何をしていても、割と楽しい気分でいられるし、比較的に何時でも上機嫌でいられることだろう。別に他人に何と思われようが私は構わないし、自分が楽しければそれでいいので、何の問題もない。
私が言いたいのは、自分のことを好きになることで、人生そのものが様々な変化を遂げるということだ。人はこの世界をそれぞれの色眼鏡で見ている。その眼鏡がどんな色をしているかで、それぞれの人生もまた、違ったものになって来る。
この世界の風景を、美しく、愛に溢れたものと見るか、汚らわしく、噓と欺瞞に溢れたものと見るかは個人の自由ではあるが、それでもどうせなら、前者のように見えた方が人生は楽しかろう。その辺は個人の価値観や、思想の話になるので、それ以上は言及しないが、兎に角、自分のことを好きである方が、より楽しい人生を送れそうだということには疑いの余地がないと思う。
この世界には本当に様々な人がいて、価値観も思想も様々だが、少なくとも自分は自分のことを好きだし、これからもずっと自分を愛していくと思う。こうして自分好きを公言して、更に自分のことを好きになって行く無限ループに陥っているこの日々が、たまらなく愛しい。