「秋の夕暮れ、散歩道」

「秋の夕暮れ、散歩道」

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コラム
私は秋という季節がとても好きだ。夏の噎せ返るような空気が一転し、次第に涼しくなって来ると、何とはなしに、嬉しさが込み上げて来る。蒼く澄み渡った大空は何処までも高く、無数の巻積雲に埋め尽くされて、美しいその様を私たちの眼前に展開している。

そんな風景を眺めていると、また今年もこのような季節になったのかと些か感慨深い心持ちになる。枕草子にも「秋は夕暮れ」とあるように、やはり秋の夕暮れというものには筆舌に尽くし難い美しさがある。

私は秋の一日の時間帯の中で、この「黄昏時」というものがとても好きだ。古より、「逢魔が時」と呼ばれるこの時間帯は、丁度昼から夜に差し掛かる時間で、夜の闇に潜む魔物たちの行動が活発になる時間でもあった。

この季節、私の住むこの田舎町の自宅周辺を夕方に散歩などすると、美しい田園風景の中に、様々な姿をした野鳥や動物の類を見ることができる。白鷺が空を行く優美な様や、川辺に群がる亀やヌートリア、水面に見え隠れする魚の影など、見ているだけでも本当に楽しい。

こういった体験をしていると本当に日本に生まれてよかったと思う。日本には、他の国々には見られない、独特の美的文化がある。「もののあはれ」や「侘び寂び」といった、自然の中にある種の風情を見出すことはまさしく、昔の日本人が日々の平凡な暮らしの中でも楽しみを見付け、生活そのものを楽しむという一種の才能を持っていたことの証明と言えるのかもしれない。それは今や多くの外国人に支持され、アニメやゲームなどのサブカルチャーとはまた一線を画す、もう一つの守るべき文化として多くの人々に認識されている。

日本人はやはり、こういった繊細な部分においては、非常に秀でていると言わざるを得ない。何でも、多くの外国人は日本に住む虫たちの声を「虫の声」として聞くことができないという。

色彩の表現や、多種多彩な料理、造形美の際立つ和菓子などの種類の豊富さなどを考えると、そこに隠された日本人の感性や、精神性などを垣間見ることができる。日本は島国であるが故に、このような独自の文化が形成されたのだと個人的には思う。

私自身、秋の夕暮れには、何処か物悲しく、郷愁を誘うものが実感され、地平の向こうに沈み行く夕陽を眺めていると、とてもやるせない気持ちになることがある。
「私はいつまでこの世界に留まり、あと何度、この風景を見ることができるだろうか」
夕陽を浴びてのんびりと歩く帰路の途中で、そんなことを思ったりもする。


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