[書くことが人生」

[書くことが人生」

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コラム
私は幼い頃から本を読むのが大好きな子供であった。幼稚園に通っていたとき、私は小児喘息を患っていたので、他の皆の参加するお遊戯や遊びなどには参加できず、園長先生の部屋で一人、絵本などを黙々と読んでいた。

喘息持ちで思うように活動できなかった私にとって、本は唯一、他の全てのことを忘れ、その独自の世界に没頭できる、ある種の神秘体験のようなものだった。私は毎日、様々な本の世界に触れ、それらの持つ魅力に惹かれて行った。

それから小学校に入学すると、図書室で児童文学などの本を借りて、片っ端から読み漁った。私は活字に魅了され、頭の中で、想像の翼を広げ、遠い世界に旅していた。

沢山読んだ児童文学の中でも、私は「エルマーのぼうけん」という書籍がとてもお気に入りだった。その物語は非常に独創的で、幼い私の好奇心を鋭く刺激し、夢中にさせてしまった。

中学時代には私も少しばかり、書き物をするようになっていた。見様見真似でこの頃に小説めいたものも書いたりしていた。文章の世界は私をこの現世から解放させ、自由に大空を駆け巡る翼を与えてくれた。

私は小学から中学、高校時代まで、読書感想文を書くのが非常に得意だった。それに関しては学校や地域のコンクールで何度も金賞を受賞した。こういった経験から、私は活字の世界に更にのめり込むようになり、その深遠な地の底に、半ば引きずり込まれるように潜って行った。

高校時代には新聞委員会に所属し、大学時代には近代文学研究会と雑誌研究会というコアなサークルで青春時代を謳歌した。文学好きな仲間たちとの交流は、私に筆舌に尽くし難い喜びを与えてくれた。

その後、社会人になり、私は一度、文学と活字の世界から離れた。今考えるとまさに意味不明なことをしていたと思うが、妙な向上心と、自身に「修行」のようなものを強いて、自分に厳しく接する時期が訪れたのである。

これはまさしく、「若気の至り」であった。私は次第に本筋のルートを離れ、迷走していった。この時代を私は「出口のない暗黒時代」と呼んでいる。

それから膨大な時間が過ぎ、齢も四十を過ぎた頃、私は再び、文学と活字の世界に戻って来た。紆余曲折あって、身体を壊したり、死の淵に立ったりして、もう好きなことをやって死のうと思ったのだ。

長い空白期間を経て、戻って来た文章の世界は、本当に楽しく、素晴らしいものだった。これはまさしく、私の天職だと思う。私は兎に角、書いていれば幸せだし、書くことによって救われて来たところも多分にある。

私はこれからも、きっと恐らくは死ぬまで、文章を書き続けるだろう。それは本当に幸せなことであり、私にとって執筆の仕事は、人生を貫く、最高のライフワークである。こうして毎日、楽しく文章を書くことができる幸せをしっかりと噛み締めて、少しでも誰かのためになる仕事をできるように、これからも努力を続けて行くつもりである。


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