“正解のないもの”を扱うということ

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コラム

「これでいいのかな?」という迷いの中で


ロゴのデザインをしていると、いつもどこかで
「これでいいんだろうか?」という問いが頭をよぎります。
よぎるというより、ずっと頭のすみに居座っているような感覚。

色や形、文字の雰囲気。
そのどれもに、はっきりとした“正解”があるわけではないからこその不安。

依頼主の方の言葉も、ときにとてもあいまいで、
「うまく言えないけれど、こういう感じがするんです」と言われることもあります。

でも、僕はそういう“輪郭のあいまいなもの”を
かたちにしていくことが、好きです。


感覚を信じるということ


はっきりしたゴールがないまま手を動かすのは、不安です。
でも、その不安ごと含めて、自分の感覚を信じてみる。
というか、信じてみたいと思いながら、手を動かしている。

ひとつずつ試しては、少し戻る。
ぼんやりと浮かび上がってくる「これかもしれない」を、静かに待つ。

正解がないからこそ、
小さな違和感にも、ほんの少しのしっくり感にも、ちゃんと耳をすます。

そんなふうにして生まれたものには、
どこかに「自分」が残っていて、それが見えない芯になる気がします。


誰かの「たしかな気持ち」につながるために


“正解のないもの”を扱うときは、どうしても時間がかかることもあります。

焦らずに、少しずつやりとりを重ねながら、探っていく。
相手の「うまく言えない思い」に寄り添いながら、
自分の中に生まれた「なんとなくこうかもしれない」を差し出してみる。

その往復の中で、ふと
「これだね」と言える瞬間が訪れることを、信じながら。

それはきっと、
誰かにとっての“たしかな気持ち”と、
自分の中の静かな感覚が、どこかで重なったときに生まれるものなのかもしれません。


おわりに

明確な答えはなくても、
「これがいい」と思える感覚はたしかにあるものです。

それを、時間をかけて拾い上げ、かたちにしていくこと。
僕のデザインは、いつもそんなふうにして少しずつ生まれてきました。

正解のないものを、
正解のないまま、大切に扱っていく。

それが、たぶん僕にとっての仕事の“根っこ”にある気がしています。



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