地方銀行で勤続39年、14店舗勤務、6部支店で部店長を勤め、退職後他社にて役8年間社長を勤める。
7歳(小1)の時両親が離婚。母親に兄と共に引きとられ、極貧生活を余儀なくされました。
当然ながら、欲しいものも欲しいと言えず、食べたい物も食べられず、時には腐りかけの部分を切り落とし果物も食べてました。これは、母親が仕事場の近くの果物屋さんからの貰い物でした。でも熟していて美味しかった。食べられるだけ嬉しかったですね。
そんな中、最寄りの公園でソフトボールに出会い、中古のグローブを貰って、毎日暗くなる迄続けていました。
中学生となり、軟式野球部に入り、卒業時には私立高校より、特待生での誘いもありました。
高校卒業後は、働くのが必然と考えていたので、公立の工業高校への進学を決意。
2年生の春に甲子園に出場し、ヒット2本打つ事が出来ました。
高校卒業時、軟式野球部のある地元地方銀行より、スカウトがあり他の選択肢を排除し、母親を1人にする事が出来ず、地元での生活を選択しました。
どんな形でも大好きな野球が出来る事は、凄く良い事でしたが、周りはそれなりの大学出身ばかりで 畑違い(工業高校出身)の銀行で苦労する事も少なくなかった。
学歴、社会人としての自覚、経験、知識等々
当然ですがストレス(モヤモヤ、イライラ、ムカムカ)は日常茶飯事、
それは、「上司」「同僚」「後輩」「取引先」多岐に及びます。
その後、『管理職』『部店長』と役職が上がるにつれて、ストレスも変化、責任も追加され
(イライラ、ムカムカ)も鰻上り、逆に自身が周りの人にストレスを与えていたのだと、痛感しています。
退職後、取引先の会社に誘われて就職、代表取締役社長に就任
新たな悩みに直面する事に…、心ゆったりと皆に優しく、と決めて再就職致しましたが、
いざ会社を経営するとなると、やっぱりストレスを与え、与えられる結果に
仕事面以外でも、自分自身及び他の人の恋愛や、家庭の事情、職場の悩みなど多岐にわたり
この経験を生かして、少しでも皆さまのお役に立てればと考えております。
どんな事でも、あなたの心に寄り添って少しでもアシスト出きればと思っております。