感情の理由づけをすると、自分の世界が見えてくる
私は本当に、本っ当に!虫が苦手です。触るなんてとんでもない。一般的に美しいと言われる蝶や 都会でもよく見かける蟻にさえも恐怖を感じてしまいます。一方で、苦手な人が多いと思われるカエルやトカゲ、ミミズなどは平気で触れてしまいます。むしろ 虫以外の全ての生物は「好き」なのです。どうして虫だけが こんなに怖くて嫌いなんだろう?「気持ち悪い」ことは間違いないのですが、それだけでは終わらせずに 詳しく分解していくと「嫌い」の理由がいくつかありました。⚫︎赤い血が流れていないこと大きな括りでの「動物」という枠から外れた異質さを感じる⚫︎脚や羽などが欠損しても平然としていること人間なら一大事なことなのに、痛みが共有できない感覚⚫︎私が必死に逃げているのに なぜかこちらに向かってくること意思疎通ができない理不尽さを感じる⚫︎同じ海から生まれた生物と思えないこと虫のミッシングリンクと、宇宙から来た説をわりと本気で支持していますこんな風に、自分の感情に対して私の場合は特に「嫌い」「イヤ」「怖い」「不快」といったネガティブなものは必ずその感情を分解して理由づけをしています。こうしてみると、私の感じる虫への恐怖は見た目の気持ち悪さだけではなく生命としての分かり合えなさ なのでしょうね。そして恐怖の反対は「安心」でしょうか?私は見た目が可愛いものや美しいもの、そして感覚や気持ちを分かり合えるものに安心するということになります。確かにその通りです。好きの理由も分解すればたくさんの理由づけができそうですね。ただ、つけた理由が失われたら「嫌い」になってしまうかも。そんな風に思うのがイヤで、好きの理由づけはあま
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