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易、易経とはなんでしょう

易は、中国の周代に生み出された占いの方法です。筮竹(ぜいちく)という竹の細い棒や、算木(さんぎ)という約10㎝の方柱状の木によって八卦(はっか・はっけ)を示し、占います。八卦・・・乾(けん)は天・兌(だ)は澤・離(り)は火・震(しん)は雷・巽(そん)は風・坎(かん)は水・艮(ごん)は山・坤(こん)は地を表し、八卦の組み合わせ(8×8)により、64卦(大成の卦)が示されます。占い師のことを易者といいますね。時代劇やサザエさんにも登場する、街角で帽子をかぶり、机には竹の棒が入った筒、そこにおじさまが座っているあの図です。易経は、英語で〈I Ching 〉イーチン、また〈Book of changes 〉変化の書と訳されます。儒教の経典、中国五経の一つで、自然と人生の変化道理を説いた書です。易経の原文にある文面から、社名をつけられている企業もございます。坤為地(こんいち)の卦の原文の中の「萬物資生」より、資生堂とされています。天火同人(てんかどうじん)の「小異を捨てて大同につく」より、大同生命。同人雑誌というのも、こちらからつけられたそうです。日本の元号の、明治大正も易経からの出典ですね。紀元前から現代までの壮大な歴史と、時代の変遷の中にあっても今も尚息づいていることに驚かされます。イーチンタロット鑑定士の1人として、これからもさらに精進してまいります。今後ともよろしくお願いします。
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祝日やら元号やら

おはようございます、りこです。小学生の子供との会話で「来週の月曜日、祝日だね〜。何の日だっけ?」と本気で聞いてしまった私(^◇^;)「天皇誕生日だよ」と言われ、もう昭和から長いこと生きていると祝日も何度も色々と変わっているし、元号で何年か聞かれてもいちいち「?」となり「西暦で言って」となってしまう。これって私だけでしょうか(笑)?
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第1話|昭和元号の「協和」と“三種の神器”が、なぜここまで一致したのか?

令和は「日本回帰」の狼煙だった。 元号とは、時代の願望そのものだ。  昭和の元号に込められた願いは——  「万邦を協和す」。  世界、そして国内の調和を願う言葉である。 だが、現実はその正反対を進んだ。  戦争、敗戦、焼け野原。  昭和前半は、元号の理想が完全に裏切られた時代だったと言える。 しかし本当に注目すべきなのは、その後だ。 ■ 戦後、日本人は“調和を取り戻す”ために立ち上がった 国を再建するための力は、政治でも制度でもなく、  「生活を取り戻す」という一つの願いだった。 その願いが形になったのが、  テレビ・洗濯機・冷蔵庫の“三種の神器”。 「家族がそろう」  「家事が楽になる」  「食べ物が備えられる」 これらは、単なる便利家電ではなく、  「家庭の調和=協和の実現」 だったのだ。 戦争で失われたものを、家庭から再建する。  その象徴が“三種の神器”だった。 ■ そして歌が、その願いを強く後押しした 坂本九『明日があるさ』  水前寺清子『三百六十五歩のマーチ』  井沢八郎『あゝ上野駅』 これらの歌が示したのは、  「一歩ずつ進めば未来は開ける」というメッセージ。 昭和の精神=協和は  「努力」「前向き」「家族」「団結」  と結びつき、歌として国民に広がった。 ■ しかし、その裏側には“影”もあった 美空ひばりの『悲しい酒』『川の流れのように』は  戦後の痛みや喪失を癒した。 青江三奈の『伊勢佐木町ブルース』は  高度成長期の“夜の哀愁”を象徴した。 つまり昭和とは、  光(希望)と影(哀しみ)が同時に存在した時代 だった。 その両方を受け止めたのが「昭和の歌謡文化」
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