耳の遠い父と私
5月の連休中に実家に帰り、
父の耳の聞こえが悪くなったのが気になった。4月末と連休と実家に長く滞在してるなか、
76歳の父の耳の聞こえが随分悪くなったように感じた。話しかけても、応答が無かったり、
父からも聞き返されたり。
元々、左耳は若い頃から鼓膜を損傷していて、右耳を頼りにしていたが、頼りの右耳も衰えてきたようだ耳。
さすがに気になって父に補聴器を勧めたところ、
「命に関わることじゃないし」
と乗り気でない。
3月に集音器を購入して、雑音を拾うことに嫌気をさしたこともあるらしい。
それでも、耳が聞こえづらくなったことで
毎日の散歩でも背後の車の音が聞こえなくて危ない思いをすることもしばしばとか。
「うーん」補聴器は高額だし、本人が試したり、
何より購入後に着用しなくては意味がない。
私や母の話しは聞こえづらいようだが、
私の5歳の息子(父にとって孫)とは上手くコミュケーション取ってるようだから不思議だ。
実家から自宅への帰り道に深堀ってみた。
今まで「父」の耳の聞こえが悪い、補聴器つけない
と「父」を主語にして考えてたが、
「私」は「父」にどうして欲しいか、
何のために補聴器をつけて欲しいか、
を自分を主語にして考えた。
確かに、直前までは心の中で
補聴器つけないと
「事故などの危険性高まる」→「出歩かなくなる」
→「ボケる」→「介護状態になり、大変になる」
または「話しかけを何回も繰り返すのが面倒」
と、私の都合が満載なのに気づいた。
また、息子は一生懸命、伝わるまで伝えるが、
私は父を「話しの伝わらない人」にして、
伝えるのを諦めていたかもしれない。
また、歳を取り、衰
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