気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その51~
いつもありがとうございます。気が付けば昨日が50回の節目でした。何もお祝いしませんでした。おめでとうございます、ありがとうございます。ここ数回の畳み掛けるような内容は如何なもんなんでしょう。書き手は書きたいことを自由に書かせてもらってますから一人悦に入ってますが。ここらでちょっと落ち着いて、もう少しきめ細やかに書き進めてみようかと思います。これはまた、ご自身の体でもって、その場ですぐに検証可能なことを書いてみます。あ、これまで仙骨を緩めるという表現を何の躊躇いも無く連発して来ましたが、緩められるということは、緩めるまではしっかりとしていなければなりませんよね。そうです、普段の安静な呼吸、第一パターンの呼吸をひたすら認めて大切にし育むこととは、この仙骨の存在に気付いてあげる、仙骨の役割や恩恵に目覚めてあげること、と言い換えることが可能です。そもそも体が、重心が安定しないとか、信念がぐらつきがちだとか、存在感が希薄であるとか、そんなことの改善にも大いに関与するのが仙骨です。その大事な大事な骨の感覚をしっかりと育んで、それが満たされ内面から活力が溢れんばかりになった時に緩めるから意味があるのです。そうして、久し振りに体の基本構造と呼吸の話を少し。何故仙骨を緩めると多量の空気が勝手に肺に入ってしまっているのかを説明します。第一パターンの呼吸は、吸気時に積極的に運動すると何度か述べております。吸気に関与する幾つかの筋力で、体が弾力で縮む力と重力に逆らって体を広げようとします。それと引き換えに、息を排出するターンでは遠慮なく脱力する権利を得て、このリラックスが上手く遂行されることで体中に溜
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