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努力が報われるとは限らない それでも人は、なぜ努力するのか

「努力は必ず報われる」この言葉に、違和感を覚えたことがある人は少なくない。現実には、頑張ったのに評価されなかった人もいる。真面目に続けたのに、結果が出なかった人もいる。だからこそ、努力という言葉は、ときに残酷だ。 それでもなお、人は努力を手放せない。なぜか。 それは、誰にも言えなかった悔しさや、飲み込んだ理不尽や、夜に一人で流した感情を「無意味にしない方法」が、他にほとんど存在しないからだ。 涙は、放置すれば消耗で終わる 悔しさや悲しみは、感じただけでは現実を変えない。どれほど強い感情も、行動に変換されなければ世界には何も起きない。 心理学でも、感情そのものより「感情をきっかけにした行動」の方が人生への影響は圧倒的に大きいとされている。 つまり、涙には2つの行き先がある。 一つは、心の奥に沈んで、自己否定や諦めに変わっていく道。 もう一つは、行動へと形を変え、未来に意味を残す道。 この分かれ道に立ったとき、選択肢として残るのが努力という行為だ。 努力とは、才能の話ではない 努力というと、「才能がない人の言い訳」「根性論」そう思われがちだ。 だが実際は、努力は精神論ではない。 努力とは、結果が出る確率を上げるための行動の積み重ねだ。 才能や環境に差があるのは事実だ。しかし、文章力、発信力、思考力、仕事の信頼度など多くの分野では、生まれ持った差より継続量の差が結果を左右する割合が高い。 だからこそ、静かに積み上げた人が、ある日突然評価されたように見える。 実際は、突然などではない。見えない場所で、積み重なっていただけだ。 努力が続かない本当の理由 努力が美化される一方で、続かない人
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なぜ、スズメバチはカエルを刺したのか?

お疲れ様です、たかひろです。まず初めに、以下の物語を読んでみてください。音読でも全然OKです。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~羽を痛めて池を渡れずに困っていたスズメバチがカエルの背中に乗せてくれと頼んだ。カエルはいう。君を乗せたら背中を刺して僕を殺すに違いない。スズメバチはいう。そんなことをしたら僕も溺れて死んでしまうじゃないか。なるほどと思ったカエルは、それならば。ということでハチを背中に乗せて池を渡った。だが半分くらい行ったところでカエルは背中に激痛を感じることになる。振り返ってみてみると、ハチの針が背中に刺さっているではないか。どうして刺したんだ!僕を刺したら君も溺れて死んでしまうんだぞ。カエルは沈みながら叫んだ。スズメバチは答えた。仕方がないんだ。これは僕の性だから。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~少しだけ僕がアレンジを加えましたがこれはある映画の一節。つまり何を言いたいかというと、結局、性(さが)には逆らえないということ。最近自分が俳優訓練をしたり色々な情報発信者を見ていて思うんですけど、やっぱり、隠そうと思っても隠せない何かが必ず人には備わっているなと。例えば、普段からものを斜めに見ている人は目つきや言葉が斜めだし、何なら声までまっすぐ相手に届けられない。クラブハウスを聞いていてもその人の選ぶ言葉から何を信じているかがどうしても出てきてしまう。先ほどのハチとカエルの物語でもハチは刺しちゃダメなのに刺してしまって溺れ死ぬ。これって行動できない!と言っている人とも似ているなぁと思っていて、行動しよう!と思ったところでそもそも行動できない性だからでき
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