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人をその気にさせる2つの大原則‼

コミュニケーションアドバイザーの ひろいあしと です。誰でも人をその気にさせたい時ってありますよね。今回は人に行動を起こさせる【大原則】をご紹介します。その答えは【自尊心】です。それを、具体的に説明しますね。少しだけお付き合いください<(_ _)>先日、掃除機を買おうと思いヤマダ電機に行ったんですが、どれにするかは決めてませんでした。今使っているのも壊れてないし、急ぐ必要はなかったけど、充電式の掃除機だったので長時間使えないから多少不便に思っていたくらいなんですけどねそこで、男性の店員さんに来てもらって説明をしてもらったんですが・・・掃除機の機能の説明はしてくれたけど、何だかしっくりこなかったので、その日は結局、買わずに帰ったんです。後日、ネットで色々調べてからヤマダ電機に行きました。今回、説明に来てくれたのが女性の店員さんで「この掃除機ならこんな時こうですよ」みたいな感じで、実際の使い勝手を説明してくれたので、結果的にネットで調べて決めてたのと違う掃除機の最新型か型落ちかで迷いましたが、値段が大幅に違うのに性能は変わらないという説明で型落ちのほうを買いました。以上の流れで、マーケティングに詳しい人は分かっていると思うんですが、なぜ、女性の店員さんの説明がしっくりきて結果的に掃除機を買ったのか。①女性の店員さんは掃除機の実際に使った時の使用感を説明してくれたので自宅で使った時のイメージがしやすく、選択するのに迷子にならなかった。②最新型と型落ちを迷った場合、値段≠価値で今回の場合、実用性重視だったので、型落ちを選んだ。①のケース:自尊心を満足させるために動くお金を得
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行動原理について考える

「お・も・て・な・し」。この言葉、東京オリンピック招致の時に有名になりましたね。その後こんな状況になるなんて夢にも思いませんでしたが・・・。さて日本人は「礼」を重んじ、お客様を心からもてなす、と言われます。また正義感も強い。税金はきっちり払う。まあ源泉徴収&年末調整の国ですから。米国は勤め人も確定申告です。日本政府は納税を企業にまかせちゃったのです。だからとりっぱぐれがない。日本人は所得税減税しても実感がないから、経済効果は小さい。それに比べ、個人が確定申告する米国は減税効果大です。 一方、日本人は寄付の金額が極端に少ないと言われています。海外の人は寄付をたくさんするんですね(もちろん余裕がある人)。なぜかはよくわかりません。結果、日本人は「外からのお客様」には親切だけど、「弱者」には冷たいという印象があるようです。つまり「おもてなし」は得意だけど、「手をさしのべる優しさ」には乏しい。日本人はルール、マナー、コンプライアンスを重視する。でも弱者や困っている人を積極的に助ける行動は少ない。ほんとですかね? ここで人間の行動原理について少し考えてみたいと思います。 行動原理を辞書で調べるとこうです。「行動の根源的な動機となる本能・欲求・願望・信条・価値観など」。この動機をもう少し深掘ります。儒教で五常というものがあります。「仁・義・礼・智・信」。これ自体は大事にすべき価値観に近く、直接的な動機とは少し異なります。私見ですが、私は動機になるのは「利・理・正・礼・徳・快」だと感じています。利益、道理、正義、礼節、道徳、愉快です。〇〇だからやる。これが行動原理だと思います。この中で日本人
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「興味」で動くか、「恐怖」で動くか―2026年、あなたの行動の原動力は?

こんばんは、きごころアドバイザーのひすいですお正月三が日も今日で終わり。少し静かな夜になりましたね。初詣に行った方親戚との集まりがあった方ゆっくり過ごした方それぞれのお正月を過ごされたことと思います。そして今この記事を読んでくださっているあなた。少し質問があります。あなたは今、何を思ってこの記事を開いてくださいましたか?「なんとなく」で動いていませんか?唐突な質問ですみません。でも、ちょっと考えてみてください。今日一日あなたが行動した理由は何でしたか?「なんとなく」「誰かが言ったから」「SNSで流れてきたから」「今日は吉日だから」もちろんそれも悪くはありません。でも本当に大切な行動の原動力は「なんとなく」ではないんです行動の原動力は「愛」か「怖れ」人が動く理由はすごくおおきなメタ視点でみると大きく2つに分かれます。「愛」(興味・好奇心)から動くか「怖れ」(恐怖・不安)から動くかたとえば✓ 「面白そう!」「やってみたい!」→ 愛から✓ 「やらないとヤバい」「取り残される」→ 怖れからこの違いすごく大きいんです。興味から行動を始めると時間はかかりますが一度「良いサイクル」に乗れば行動は自然と続くようになります。一方で、恐怖から行動を開始するとすぐに始まりますが長続きすることは少ないです。お正月に立てた目標「今年こそ!」と思った決意それは「ワクワク」から?それとも「焦り」から?自由を求めると、最初は不自由になる新年を迎えて「今年こそ変わりたい」「自分らしく生きたい」そう思った人も多いはずです。でもここで知っておいてほしいことがあります。自由を求めるとき最初のうちは不自由を感じることが
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最初の感情

どうも、声優のマツブーです。扁桃腺の腫れがなかなか引かず思った様な声が出ない中、声優さんや役者さんに関する記事を読み漁りながら時間を潰しています。そんな中、演者はどんな形であれ真剣にその役になり切ってあたかもそこに本人がいるという錯覚を抱かせてくれています。すなわち、これが出来ない演者は本当の意味での演者ですらないとバッサリ切り捨てる人までいます。間違いではないですし、それを否定するつもりもありません。ただ、何となくですが・・・ひねくれた性格の私はふと思ってしまいました。そうまでストイックになって、果たしてその人は心から演技を愉しんでいるのだろうかと。素人染みた話になってしまいますが、誰だって難しいことなんて考えず、ただ純粋に楽しいからやり始めたわけです。野球やサッカー、ゲームだって同じです。それを極めるという事は、この楽しいという気持ちをさらに発展させたうえで戦略だ気概が何だのと煩雑な感情が沸き起こってくるんだと思います。でもある時を境に、いつしか根本にある感情を置いてけぼりにしているのだと気づいてしまいました。自分が好きで始めた事なのに、いつしかそれを仕事にした時、義務・苦痛に変わっていた時は振り返ってみてほしいのです。自分がそれを仕事として利用する以前、どんな気持ちでやり始めたのか。理由は今よりもずっと単純なものではなかったのかと。
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歩き出すための理論は不要

— 理解より先に、まず動くという選択赤ん坊は理論を持たない。立つこと、歩くことを理解しようと頭で考えているわけじゃない。転び、立ち上がり、また転びながら、いつの間にか歩いている。学問がその過程をあとから説明することはあっても、理論が先にあって歩きが始まることはない。にもかかわらず、大人になると理屈や戦略を先行させすぎる。成功や成長のために――と称して、まず設計図を作り、計画を練り、完璧な条件が整うまで動かない。結果、動けなくなる。赤ん坊の時持っていた「試して失敗して慣れる」能力を、捨てた大人は多くいます。理論に依存してしまう行動の先延ばし 「準備が整ったらやる」「もう少し知識が必要だ」と言って、いつまでも動かない。結果、経験もないから準備も知識も整わず時間だけ過ぎていく。過剰な自己解釈 動かない理由を理屈で補強する。理論が防衛線となり、失敗の恐れを正当化する道具になる。 なぜか自分にも言い訳する。後付けの安心 成功した後で理論を組み立てると、それがまるで普遍法則であるかのように語られる。 ですが多くは「うまくいった理由の後付け説明」にすぎない。 赤ん坊はどうやって歩くのか — 示唆赤ん坊は好奇心と身体感覚に駆られて動く。失敗しても痛みで終わることは稀だから、繰り返すうちに身体が学ぶ。要点をまとめてみます。試すことをやめない 小さな実験を続ける。立つ→少し移動する→転ぶ。これを何度も繰り返す。感覚を優先する 頭で考える前に、身体のフィードバックを受け取る。感覚の積み重ねが技能を作る。失敗は情報 転んだら何が悪かったかを即座に分析しすぎず、次に試す。理屈よりも修正の回数が大事。世に
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