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お笑いコンビ爆笑問題の太田光氏裏口入学裁判勝訴判決と名誉権の話

お笑いコンビ爆笑問題の太田光氏が日大芸術学部に裏口入学したと週刊新潮に書かれて、この記事により名誉を気付付けられたとして損害賠償を求めた事案です。 結果的に太田さん側が勝訴になって損害賠償440万円の請求が認められたんですが、この事件では、名誉権の侵害になるのかという点が問題となりました。 今回の裏口入学が事実でないとしてそんな事実でないことを記事にされ、それによって社会的な名誉権(人の評価が少なくとも下がるような記事)が侵害されるでしょうから名誉権の侵害となるのですが、公人に対する事実の適示であり、のちに真実と証明された場合であれば刑事としては罪に問われないという規定があります(刑法230条の2)。 これを受けて民事上もこのような場合は不法行為となりにくいと考えられます。 行政書士 西本
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【判例解説】中田英寿事件とは?有名人の肖像とパブリシティ権のせめぎ合い

スポーツ選手や芸能人といった有名人の「顔」や「名前」は、それ自体が大きな価値を持ちます。ゆでは、その「価値」を無断で利用した場合、法律上はどうなるのでしょうか?有名人の肖像をめぐるビジネスモデルとも深く関係します。今回は、元サッカー日本代表・中田英寿選手をめぐる裁判、いわゆる「中田英寿事件」について解説します。この判例は、「パブリシティ権」という重要な概念と、「報道の自由」とのバランスを考えるうえで避けて通れないものです。⚖ 中田英寿事件とは?▷ 概要原告:中田英寿(当時、現役プロサッカー選手)被告:大手出版社(週刊誌を発行)出版社が中田選手の写真を多数使用した**特集ページ(フォトエッセイ風)**を無断で掲載。内容は、写真に短いコメントを添えて彼の人物像やライフスタイルを描いたものでした。これに対し、中田選手側は「パブリシティ権の侵害だ」として、損害賠償を請求しました。🧑‍⚖ 判決(東京地裁平成17年3月30日)✅ パブリシティ権の保護は認める有名人の肖像や名前には財産的価値がある。無断でそれを利用して経済的利益を得る行為は、原則として違法となりうる。❌ しかし、本件は違法とはいえない記事内容は「中田英寿という人物に対する社会的関心」に基づいた報道の一環であり、単なる商業利用とはいえない。報道・表現の自由の範囲内として、違法性は否定されました。💡 法的ポイントポイント 解説パブリシティ権 有名人の肖像や名前に帰属する「経済的な価値」を保護する権利。報道・表現の自由 憲法で保障される「知る権利」と「報道の自由」。社会的関心のある人物についての報道には高い保護が与えられる。線引き
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表現の自由とは

憲法第21条で規定されている、表現の自由という人権ですが、一体何なのかと言ったことをいまさら人には聞けないといった方、意外といらっしゃるのではないでしょうか?そこで1分で読めるよう、解説します。表現の自由は、好きなことを外部に表現できる、という権利です。昔、この表現の自由は制限されていた時代があったため、現代では権利として保証しているということです。では何でもかんでも好き勝手に表現してもよいか、というとそんなことはありません。人権である以上、その表現を聞きたくない、みたくないという他の人の人権と衝突する可能性があるからです。では、表現の自由と、聞きたくない自由これはどちらが優先するのか、といいますと、これは公共の福祉で決定するということになっています。公共の福祉とは、ある人権を認めるためには他者の迷惑にならないようにね、とする調整的な考え方のことです。例えば、Xで誰かの悪口を表現すると、表現の自由ではありますが、他者の悪口を言っているとそれはその表現はだめですよ、と国家によってしばられます。つまり悪口は公共の福祉の範囲外ということになります。具体的には、名誉毀損罪などで裁かれることになります。南本町行政書士事務所 特定行政書士 西本
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表現の自由とは何か ~なぜ憲法は「言いたいことを言う権利」を守るのか~

「そんなことまで言っていいの?」SNSやインターネットが普及した現代では、誰もが自由に意見を発信できる時代になりました。一方で、誹謗中傷やデマ、過激な発言が社会問題となることも少なくありません。では、そもそも「表現の自由」とは何なのでしょうか。今回は、憲法で保障される表現の自由について分かりやすく解説します。表現の自由とは表現の自由とは、自分の考えや意見、思想、感情などを自由に発表できる権利のことです。日本国憲法第21条第1項は次のように定めています。集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。つまり、話す書く出版する芸術作品を発表するインターネットで発信するデモや集会を行うこれらはすべて表現の自由として保護される可能性があります。なぜ表現の自由が重要なのか表現の自由は「民主主義の生命線」とも呼ばれています。もし国や権力者が、「政府を批判するな」「都合の悪いことを書くな」と自由な発言を禁止できるとしたらどうなるでしょうか。国民は正しい情報を知ることができず、政治を監視することもできなくなります。歴史上、多くの独裁国家では言論統制が行われてきました。だからこそ憲法は、国民が自由に意見を述べる権利を強く保障しているのです。表現の自由は「知る権利」も支えている表現の自由は、単に話す人の権利だけではありません。私たちには情報を受け取る権利、いわゆる「知る権利」もあります。新聞やテレビ、インターネットを通じて様々な意見や情報に触れられるのは、表現の自由が保障されているからです。もし発信が制限されれば、受け取る側も必要な情報を得られなくなってしまいます。表現の自由にも
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パリオリンピック中止を訴えたら

#パリオリンピック開会式 マリーアントワネットは ギロチンで一瞬で楽に死ねた もっと楽なのは核兵器 一瞬どころか瞬殺で蒸発 溶けるんじゃなくて蒸発 痛くもかゆくも、熱くもない だからプーチン! パリに核ミサイルぶち込んで 第三次世界大戦を引き起こせって事実と論理的主張してオリンピックなんていらない言ったらアカウント凍結はぁ!?おい、イーロン・マスク!おめーが会社乗っ取ったら表現の自由を保障するんじゃなかったのかよーJuergen StriewskiによるPixabayからの画像
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表現の自由とシュプレヒコールの問題 ―声を上げることの意味と、その境界線―

表現の自由とシュプレヒコールの問題―声を上げることの意味と、その境界線―「言いたいことを自由に言える社会」は、私たちが当たり前だと感じているようで、実はとても繊細で守るべき価値です。日本国憲法第21条は「表現の自由」を保障しています。そこには、思想・信条の自由、報道の自由、芸術・学問の自由、さらには抗議やデモといった政治的な主張も含まれます。しかし、実際の社会では「自由に表現すること」と「他人の権利や公共の秩序」とが衝突することもあります。その代表的な例のひとつが、**デモでのシュプレヒコール(大声をあげて連呼する行為)**です。■ シュプレヒコールとは何かドイツ語で「呼びかけの声」を意味するシュプレヒコール(Sprechchor)は、デモや集会などで多くの人々が声を合わせて主張を繰り返す行為です。たとえば「原発反対!」「戦争するな!」といったスローガンを繰り返し叫ぶことで、参加者の結束を示し、通行人や行政に対して強いメッセージを送ります。これはまさに表現の自由の一部であり、民主主義社会では欠かせない手段の一つとされています。■ しかし、どこまでが許されるのか?一方で、このような行為が近隣住民の生活を妨げたり、公共の場で過度な騒音を引き起こしたりすると、「他者の権利」や「公共の福祉」とのバランスが問われることになります。現実には、こうした問題はしばしば警察の判断や、各自治体の条例などに委ねられます。例えば:深夜や早朝のシュプレヒコールは制限されることがある公道や駅前など特定の場所での使用には許可が必要な場合もあるこのとき、表現の自由を「絶対的な権利」として捉えるのではなく、「他
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表現の自由 vs 性的表現の規制 アダルトコンテンツ規制の未来

アメリカでの「アダルトコンテンツ撲滅」に向けた動きには、大きな波紋が広がっています。 表現の自由という理念は、民主主義社会の根幹を成すものですが、その一方で、性的表現に対する規制の必要性が議論されています。 最近浮上した「Project 225」では、ポルノ制作や配信を全面的に禁止することを目指しており、その影響は広範囲にわたると予想されています。 この法案には、違反者に対して厳しい罰則が設けられる可能性があり、もし実現すればアメリカのインターネット環境は劇的に変化するでしょう。 ポルノパフォーマーたちの間では、自由な表現と生活が脅かされるとして、強い反発が上がっています。 また、保守派からは性犯罪や性暴力の増加を防ぐためのものであるとの主張があり、両者の間で意見が真っ向から対立しています。 特に「Hands Off My Porn」というキャンペーンが注目を集めており、ポルノパフォーマーたちは「私の仕事、権利、安全が脅かされている」と訴えています。 これに対する反応は、デジタル空間における表現の自由を巡る新たな論争を引き起こしています。 このように、表現の自由と規制の問題は現代社会で非常に根深い課題です。 インターネット上では多様な意見が常に存在し、政府が規制を強化することでかえって社会の多様性が損なわれる危険性があります。 技術が進化する中で、情報が国境を越えて拡散する現在、私たちはこの問題にどう向き合っていくべきなのかを問われています。 プログラマーとして、このような状況を見ると、テクノロジーの進化がもたらす自由と責任のバランスについて考えざるを得ません。 デジタルプラッ
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