当時私はまだ小学生でした。だから今から50年くらい前。パソコンもスマホもなく電話か手紙の世界。もちろんYou Tubeもなく、娯楽と言えばテレビか友人と互いに貸し借りをしている月刊漫画の「マーガレット」や「りぼん」でした。
もしかしたらどこかでそんなシーンを見たのかもしれませんが、その頃私が自分の人生について考えていた漠然としたイメージは、VRなどがある今なら用意に想像できますが、あの頃の私がなぜそんなことを考えていたのかは、未だに不明です。
でも、そういう想像をしていたということは、きっとそういう時代が来るんだろうと思っていますし、それはきっと合っているのだと思います。
それは、私達の人生は、未来の誰かがどこかのゲームセンターに行って、寝転んで頭に大きなヘルメットをかぶり、そこで見る夢の中で行われている別の主人公の人生ゲームなのではないかということ。
つまり、未来の誰かがゲームセンターにいきます。ヘルメットをかぶってスイッチを押します。すると、ゲームの中の誰かの人生を生まれるところから死ぬところまで実感して体験できるのです。
人の一生分の人生ですが「あ、死んだ。」と思うところまで80年分の人生が、たった15分くらいで体験できる。時代設定も自由。性別も、職業も、全部自由です。でも設定した中でどんな事件や苦難がやってくるのかはわからない。
そのゲームで遊んだ未来の誰かは、自分ではない人の人生を経験することにより、より深い考えができるようになったり、他人に対する優しさや、生きるということや、死についても学ぶことができます。大変高級なゲームなのです。
つまり・・・今の私は、誰かの脳内で演じられているゲームの主人公なわけで、苦しい時も、楽しい時も、失恋した時も、仕事で失敗するのも、全部ゲームをおもしろくするための仕掛けであり、設定だと思っているのです。
だから、望んでいない嫌な事が起きたら、「この苦難をどうやって攻略するのがいいのか?」を考えて、ワクワクするのがいいのです。
ちょっとSFな世界ですが、人生を少し軽く考えるのにはいいのかもしれません。
あと余談ですが、他に想像していたことで、そろそろ実現しそうなことは、「空飛ぶ自動車」これは自動車型ではなく、丸い車体で、操作パネルと座席があり、空で他の車とぶつからないように磁石の原理を使っています。幼稚園くらいにはそういう未来になると思っていました。
もう一つは、空中で操作できるパソコン。よく未来のパソコンとして何もない目の前に操作画面が出ていますね。あれは、パソコンが出た30年前に即座に想像していました。私なんかが想像できる範囲ですから、他の人達もみんな想像したことでしょう。生きている間に使ってみたいものです。
私達が想像できることは、未来に必ず存在するのです。それを自分の目でみることができると楽しいですね。
2026年の運勢時間指定のご予約は明日締切です。