最近、すごく思うことがあります。
ツインレイとか、
ツインソウルとか。
深い縁の相手って、
“分かってしまう”んですよね。
言葉になっていない感情とか、
無理してる感じとか、
本当は苦しいんだろうなって空気とか。
私は昔から、
そういうのを拾いやすいタイプでした。
だから、
相手がしんどそうだと、
つい理解しようとしてしまう。
「この人は本当はこうなんだろうな」
「傷ついてきたんだろうな」
「だからこういう言い方になるんだろうな」
って。
でも最近、
それをずっとやっていると、
自分がどんどん疲れていくことに気づいたんです。
昨日も、
最初は普通の会話だったんですよ。
知り合いの仕事の話みたいな、
軽い雑談から始まって。
私は最初、
へぇ、そうなんですね、
くらいの感じで聞いていました。
でも途中から、
家族の話、
人間関係、
価値観、
人生観……
どんどん話が広がっていって。
しかも本人は、
直接「自分が苦しい」とは言わないんです。
誰かの話をしているようで、
実際は、
その人自身のモヤモヤや、
人生の疲れみたいなものが、
ずっと流れてきている感じだった。
しかもその前には、
別の人の“俺は昔こうだった”みたいな話も、
かなり長く聞いていて。
気づいたら私は、
二人分の感情や熱量を、
ずっと受け止め続けていたんですよね。
その時、
ふと気づいたんです。
「あれ、
これ会話じゃなくて、
感情と思考の放流を受け続けてる状態かも」
って。
その瞬間、
どっと疲れが出ました。
しかも不思議なのが、
こういう関係って、
ただの恋愛とは少し違う感覚があるんですよね。
言葉にしなくても伝わるものがあったり、
相手の感情を拾いすぎたり、
離れようとしても、
なぜか心が戻ってしまったり。
だから私は、
「ツインレイなのかな」
「ツインソウルのようなご縁なのかな」
と思ったこともありました。
実際、
魂レベルで深い縁の相手ほど、
相手の感情や状態が流れ込みやすいことがあります。
でも最近、
強く感じるんです。
深い縁だからこそ、
境界線が必要だったんだって。
“分かること”と、
“飲み込まれること”は違う。
相手を理解することと、
自分を削ることも違う。
私はそこを、
ようやく少しずつ学び始めています。
その時、
自分の中から自然に出てきた言葉がありました。
「私は、
話し相手でも、
愚痴受け係でもないからな」
って。
前の私だったら、
ここでもっと頑張って理解しようとしていたと思います。
でも最近、
少しずつ分かってきたんです。
“理解すること”と、
“全部受け止めること”は違う。
って。
ツインレイとか、
ツインソウルの関係って、
「受け止めること」
「無条件の愛」
「相手を理解すること」
ばかり語られやすい。
でも実際には、
境界線がなくなると、
人って静かに削られていく。
相手の苦しみを感じすぎて、
自分の心が後回しになる。
相手の感情を優先しすぎて、
自分が何を感じているのか、
分からなくなっていく。
それって、
本当に“愛”なんだろうか。
最近、
私はそこをすごく考えています。
もちろん、
深い縁の相手だからこそ、
感じ取ってしまうものはある。
でも、
だからといって、
全部を背負わなくていい。
むしろ、
深い縁の相手だからこそ、
境界線が必要だった。
今の私は、
そう感じています。
もし今、
・相手を理解しようとして疲れている
・感情を受け止め続けて苦しい
・離れられない関係に消耗している
・“魂の縁”という言葉で我慢している
そんな方がいたら、
一度、
“相手”ではなく、
“自分自身”に意識を戻してみてください。
自分の心が、
ちゃんと安心できているか。
無理して笑っていないか。
そこって、
本当はすごく大事なんだと思います。
私は霊視だけではなく、
・なぜこの関係が苦しいのか
・距離感が崩れる理由
・相手との温度差
・あなた自身の境界線状態
まで、現実レベルで読み解いています。