算命学の技法に、「守護神法」があります。
その名の通り、運が良い時期や人物などを示すのを守護神と呼びます。
逆に運が悪い時期や人物を忌神(いみがみ)と呼びます。
すると、「守護神が回ってるからラッキー!」と喜びます。
逆に「忌神だぁ」と残念がる事もあります。
今年は癸の年です。
この癸が守護神の人もいれば、忌神の人もいます。
忌神の人は嫌ですよね。
運が良くない訳ですから。
でも、ここで宗家高尾先生は仰りました。
「忌神も神様なんだよ」
そうなんですよね。苦労させられたり、困難な状況になったりする時期ですが、そこから学ぶ事があるんですよね。
いい事ばかりでは、何も学べません。苦労したり、苦痛を味わって、はじめてよく考えて行動します。
「その状況を活かすも無駄にするのも自分次第」
回ってきた「年」は変えられないなら、
精一杯、誠意をつくして、その経験から得られるなにかをしっかり受け止めましょう。
忌神の時は、周囲から批判にあったり、成果が出にくかったりします。
しかし、それは「あなたが悪い訳では無いのです」
ただ、その経験をする必要があるだけなのです。
同じことをしても、認められる時と抵抗される時があるのです。
これを全て「自分が悪い」と責任を負って捉えるから苦しくなるのです。
結果や周囲の反応は、時と共に変わります。水物です。
何でもかんでもイコール自分と捉える価値観が、算命学を知っていると変わってきます。
この考え方に慣れてけると、逆に「良いこと」もイコール自分ではなくなるのです。
※ここは細かく説明する必要がありますが、別の話題になりますので、今はこのまま理解して下さい。(努力が無駄とかではなく、また自己肯定感などの把握の仕方など今度ゆっくり述べたいと思います。)
ただ、その経験をする必要があっただけです。
様々な事を経験して、人間性を高める事が生まれてきた理由だと思います。
お金持ちを経験する時期や人生もあれば、貧乏や苦しい人生を経験する時の人もいます。
その状況イコール自分ではなく、「今はその自分を経験している」という価値観です。
このような価値観があれば、人を差別することもないし、する必要もないのに気づきます。
自分が悪いと自己否定もする必要がありません。
自分は凄い!と驕り高ぶることもなく謙虚さが身につきます。
必要以上に傷つき落ち込み病気になる事もありません。
ただ、「その経験をしたあなたは、次にどのような行動をしますか?」
という事が問われているだけです。
「あなたは何者になりますか」
これが人生の命題だと思います。
運命に左右されず、飲み込まれず、
忌神様も活用して、
より豊かな人間になれるようお互い頑張りましょうね!
未熟は罪ではありません。
ただ、慣れてないだけです。
お互い様。
せっかく同じ時代に生まれてきたのだから、支え合い、助け合い、切磋琢磨しながら、生きましょう!
算命学をこのように使ってくれる人が増えると嬉しいです。